Fine Day
あれはとても晴れた日。
あの人は私がいつも通る川の土手に寝ていた。目を惹いた緋色の着物に赤い髪。
腰にさした一本の刀が彼が剣客であることを物語っていた。
刀 。
明治も十年過ぎ、戊辰戦争も西南戦争も終わった。
武士は士族と呼び名を変え、廃刀令が布かれたことで侍は姿を消した・・・ハズなのに。
「拙者に何か用でござるか?」
その声にハッと我に返った。剣客はいつの間にか振り返ってこっちを見ていた。
「な、何でもないわよ。」
聞きたいことはたくさんあったのにふいをつかれたせいか慌ててそう返してしまった。
「そうでござるか。」
そう言ってまた寝ころんだ。微笑んだ顔は剣客と言うにはあまりに優しかった。
腰に差した刀が本物であるか疑ってしまうほど・・・
それでも左頬に残された大きな十字傷は彼が"戦い"の経験者であったことの
紛れもない事実であることの証明。
考えれば考えるほど気になって私はその場所から動かなかった。
しばらく沈黙は続いた。
沈黙が続けば続くほど気になっていたものは大きくなっていく。
「ねぇ 」
絞り出すような声で先に沈黙を破ったのは私だった。
でも寝ている剣客には聞こえない。
私は土手に降りて剣客の横に座った。これには流石に気付いたらしく寝たままこっちを向いた。
「ねぇ」
聞いてるのは承知でもう一度声を出してみる。
「何でござるか。」
剣客は優しい表情でそう答えた。
「何でよ。」
突然の言葉に剣客は分からないという顔をした。
「何で・・・刀なんか・・・」
ふっと微笑んで剣客は体を起こしながら刀を私に手渡した。
「抜いてみるでござる。」
何でそう言ったのか分からなかったけど、言われるまま手渡された刀を抜いた。
何だこの刀・・・
一瞬息を呑んだ。手渡された刀は峰と刃が逆になっていて−
「逆刃刀でござるよ」
思考を中断され、何がなんだか分からないといったような顔をする私をよそに続けてこういった。
「この刀ですんなり人が斬れるでござるか?」
「できないわ。・・・でも何でこんな刀なんか。」
「拙者がこの刀を差すのは・・・」
少し言うのをためらったようだったけど
「この目に映る人たちを助けていくため。それ以外の理由はないでござるよ。」
そう続けて言った。
「こんな刀じゃ無理だわ。」
「人を殺める刀は拙者には必要はないでござるよ。」
優しい顔だったけど瞳は真面目な眼光を放っていた。あの目は絶対に忘れない。
「すごいね。あんた。」
「おろ?」
「あたしさ、刀なんて持ってるやつにろくなのいないと思ってた(笑)」
苦笑いを浮かべながら「剣は凶器でござるからなぁ」とつぶやくように剣客は言った。
少し悲しそうな顔
罪悪感を感じた。
「あ、あんたさぁどこに住んでるの?」
話題を変えるためのありがちな質問。
「拙者はるろうに。あてのない旅の剣客でござるよ(^^メ)
「流浪人・・・るろうに。本当に困ってる人を助けられるのはあんたなのかも知れないね。」
私は何故かこの剣客ならできそうな気がした。
心から信じられる何かを感じていたからだろうか。
「有り難う・・・でござるよ。」
そう剣客が言うと二人で微笑んだ。
「私さ、剣は凶器じゃ無いような気がしてきた。」
さっきの剣客の言葉を否定してみたけど
とたんにまじめな顔になった剣客はこういった。
「剣は凶器、剣術は殺人術。どんな綺麗事やお題目を口にしてもそれが真実でござる。」
「うん。そうかも知れない。でも、そんな真実がどうこういうより自分の気持ちが大事じゃない?」
「真実にばかり囚われることはないわよ。私はそんな真実よりさっき言ったことが好きだから
口にしたのよ。好きなんだから好きな事を言ってもいいんじゃない?
真実ばかりを語るより重みのある一言じゃないかしら。」
そう言って剣客の顔を見た。少し驚いた表情をしているのが分かった。
ふっと微笑んで「そうでござるな。これからそうするでござるよ。」と、
嬉しそうな顔を見せてくれたのは意外と言えば意外だった。
「頑張ってね。人を助けられるのは剣だけじゃないよ。」
「了解したでござるよ。有り難う。」
「あっと、少し話すぎちゃったみたい。そろそろ帰らないと。」
「そうでござるか。気をつけるでござるよ。」
「うん。有り難う。あんたも気をつけて・・・頑張ってね。」
そう言って私は急いで帰った。ほんの少しの間だったけど長く感じてた。
本当に長かったのかもしれない。
名前を聞くの忘れちゃったな。
名前もないただの幻だったのかも知れない。
あれはとても晴れた日。
私がいつも通る川の土手に寝ていた剣客。
彼の優しい目からこぼれる強い光と悲しい光
腰にさした一本の逆刃刀に託した願いと共に
穏やかな陽差しは朱色に染まっていった。
名無しのるろうに・・・
再び会うことはもうないだろう、一期一会の出会いだったのかも知れない。
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エピローグ〜浪漫譚の始まり〜
さてさて、少し話しすぎたかな。
ゆっくりと腰をあげ、一歩また一歩と川から遠ざかっていく。
もうあの娘とは二度と会うことはないだろう。
少ししか歩いていないのに辺りはもう暗くなっている。
少しため息をついて、歩いていればどこかにつながるだろうと歩き続けた。
「人斬り抜刀斎!!」
END
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