チャン・イーさん作…やさしい雨。 |
優しい雨 剣心は、どんよりした空を見上げた。 生ぬるい風にゆらゆらと洗濯物が揺れる。 夕方までに振ってきそうな空だ。 これは、風呂場の方に干し直したほうがいいかもしれない。 もう梅雨なのだ。 「けんしーん!」 奥の座敷から薫の声が聞こえた。 「なんでござるー?」 「ちょっと来てー?」 洗濯に使ったたらいの水を庭に撒くと、縁側から家に入っていった。 普段は使っていない部屋から、薫の気配がする。 「薫殿?」 開け放した障子からひょいと覗くと、薫が男物の着物を数枚出していた。 薫が、剣心に気付いて、微笑んだ。 「これ、父の着物なんだけどしまっておいてもだめになってしまうし、良か ったら着てもらえないかと思って」 剣心は慌てて首を振った。 「父上の形見でござろう?」 「形見という程じゃないのよ。この夏物なんて一度しか袖を通してないの」 そう言って剣心に一枚の着物を手渡した。 「いい色でござるな」 薄手の若草色の着物。 一度しか着ていないという事もあって確かに綺麗だった。 「私が見立てたんだけどね、気に入らなかったみたい」 「そうでござるか」 「丈直しなら、すぐ出来るから・・・どう?」 剣心は、薫の顔を見た。 「もうすぐ誕生日よね」 「誰の?」 「あなたの」 「…ああ…」 思い出したような顔をした。 「そういえばそうだった」 「この間、虫干しした時に思い出したの。剣心さえ良ければこれを贈りたい なと思ったんだけど」 「ありがとう、薫殿」 剣心は、やさしく微笑んだ。 「そういえば、今の着物もくたびれてきているか」 気に入っていたんだが、と自分の着物の袖をつまんで見た。 「もう衣替えなんだし、ちょうどいいじゃない?」 薫はそう言うと、竹尺を手にとって剣心の体に合わせた。 「だんな様に夏でも冬と同じ着物しか着せてないなんて、近所で鬼嫁の噂が 立っちゃうわ」 肩をすくめて言う薫を、剣心はゆっくり抱きしめた。 「拙者は、そんな事気にしていない」 「でも、この着物はきっと似合うと思ったの」 「そうかな」 「似合うわよ、絶対」 体を離して、薫は再び竹尺を剣心の身体にあてた。 「それとね、」 言いかけた時、外からポツリ、ポツリと小さな水音が聞こえてきた。 「しまった!降ってきた」 「どうしたの?」 「洗濯物を干しっぱなしでござった」 着物を薫に手渡して、慌てて縁側に出て草履をつっかけた。 「すまぬ、話の続きは後で」 「うん、がんばれお父さん」 ”お父さん”という単語に一瞬怪訝な顔を剣心はしたが、雨足が強まってきたので、 そのまま行ってしまった。 薫は、愛しそうにお腹を撫でた。 「…あなたが一番の贈り物ね。…私にとっても」 剣心が大慌てで洗濯物を取り込む音が聞こえる。 「ありがとう、剣心」 後で、ちゃんとあなたの紹介をしなきゃね。 そう小さくお腹に向かってつぶやくと、若草色の着物を広げた。 END |
チャン・イー様から頂きました、剣心×薫小説でした★二人の情景が浮かぶような、本当に優しい優しい物語でしたねぇ。じめじめした梅雨も二人にとっては幸せな季節です!私もがんばらねば…(←笑)剣心、薫ちゃんからこのあと「贈り物」について聞かされて、そしてまた幸せな時間が流れるんでしょうねぇv チャン・イーさんは6月のお題に挑戦してくださいました!皆様もふるってご参加ください。 チャン・イーさん素敵な小説有難うございましたvv |