蒼紫宗匠の茶の湯指南

 

蒼紫宗匠の茶の湯指南

 

 

 

 「明日、茶の湯でもどうだ。」

 

操をつれて、東京へとやってきた蒼紫が

夕餉がすんで、縁側でくつろいでいた剣心に

声をかけた。

 

「あの時の…でござるな。」

 

剣心はにっと笑って頷いた。

そう、志々雄との戦いが終わり、葵屋を去る時、

約束した茶の湯。

二人の関係が、敵から友人に変わった

あの瞬間の、約束である。

 

それを果たす時がついにきたのだ。

 

「あぁ。」

 

蒼紫は静かに頷いてその場を立ち去ろうとした。

 

「ちと待たぬか蒼紫。実はその…茶の湯のことを薫殿や弥彦に

話したことがあり…同席したいと言っているでござるが…

いいでござるか?」

 

剣心は湯飲みを縁側に置いて

苦笑いをしながら蒼紫に話し掛けた。

 

「…別にかまわんが」

 

蒼紫は、その苦笑いの理由をまだ知る由もなかった。

 

 

 

 

どうせ茶の湯をするのなら、本格的なものがいいだろうと、

蒼紫は東京にある、なじみの茶室に剣心達を案内した。

弥彦からこの話を嗅ぎつけた左之助も予定外の参加。

そしてそんな左之助にひっぱりだされ

恵もやってきていた。

 

補佐役に、と操もついてきている。

賑わっている町の一角にあるとは思えないほど

情緒深く、静かな空間だ。

 

「綺麗な所ねぇ…」

 

その景観に、薫もタメ息を漏らす。

しばらくその庭園を歩くと離れに小さな茶室が見えてきた。

 

「こんなちいせえとこでやんのか?」

 

図体のでかい左之助が自分は入るのか否か心配になって蒼紫に尋ねた。

 

「蒼紫入れるんだから左之助も入れるだろうが」

と、弥彦のするどい突っ込みが飛ぶ。

 

「ほんとに馬鹿なんだから左之助は!」

と恵も待ってましたとばかりに嫌味を言う。

 

「るっせぇ!」

と怒る左之助をまぁまぁとなだめる剣心。

せっかく静かで情緒深い庭園を歩いているのに

雰囲気がぶち壊しである。

蒼紫のあとについて歩く操は心臓がつぶれる思いであった。

 

「ここから入るのよ。」

 

案内された茶室には刀をさしては決して入れない小さな入口。

にじり口という、茶室の入口があった。

まずは一番小さい弥彦が簡単に茶室の中にはいる。

 

「い…ったぁーい」

「いってぇ…」

 

左之助と薫はそれぞれどこかしら打ったらしい。

大丈夫でござるか、と声をかけながらにじり口から

入ってきた剣心も頭を強く打った。

 

そんな様子を見て、操には不安が募っていった。

 

中にはいると、格式高い掛け軸だとか、切花が置いてあった。

 

「ほぉ」と剣心は周りと見渡し、素晴らしいでござるなとつぶやいた。

 

そして操に指示されたとおりの順番に座る。

実はこの座り方には意味があるが、

今回は操の独断で決めてしまった。

 

亭主は、もちろん蒼紫。

茶を運ぶ役目としての半東は恵をかって出てくれたので

操が一番右端の正客、一番茶の湯に長けている人が

座る席に座り、薫が操の左隣、次客と言われる位置に座る。

そして茶の湯を理解していなくても、さしつかえない三、四客に

左之助と弥彦が座する。

そして今回の亭主となる蒼紫と正客の操をよく知り

人間関係を円滑にするという役目を負う

末客に、剣心が座った。

 

 

一通りの挨拶を終え、

知らぬことばかりで、戸惑っている左之助、薫、弥彦、そして剣心の前に

恵が紅葉をかたどった、小さな茶菓子が運んできた。

 

「こ、これをまず食えばいいんだろ?」

 

弥彦が正座をして固くなったまま楊枝を手に持った。

 

「お、おう。なんかちいせぇ菓子だな、手で食っちまうか」

 

左之助は、誰の相づちも待たずに、ぐいとその茶菓子を握ると

ひょいぱくと一気に口の中にほおりこんで

もぐもぐと口を動かし、飲み込んでしまった。

 

「もぉ、左之助ったらお行儀が悪いんだから…こう食べるのよ、こう!」

 

薫はそうっとお菓子を切り分け、上品に口へと運んだ。

そこまでは良かったのだが

菓子には何故か、懐紙の破片がついたまま…。

薫はそれに気がつかずに紙ごと口にいれ 飲み込んでしまった。

 

「んーおいしっ!なんだかすごく上品な味ねっ」

 

薫はそれに気がついている様子もなく、おいしそうに

お菓子を頬張っている。

 

弥彦は相変わらず楊枝を持ったまま固まっている。

剣心はというと、楊枝を持って、まるで飛天御剣流茶の湯の舞!を使うかのように

すばやく菓子を切り分け、もう食べ終わっていた。

 

「あ、おいっ!俺の菓子〜!!!くそ、吐けっ!返せー!」

 

左之助は、よほどおいしく思ったのか、弥彦が固まっている間に

弥彦の分の茶菓子もひょいぱくとたいらげていた。

 

恵も引きつり顔である。

 

(…本当に全く作法をしらぬのだな…)

 

こほん、と蒼紫が咳をしたので、

一同が蒼紫のほうを見ると、お茶ができあがっていた。

部屋を満たす、心地のいい香り。

 

 

そう心の中で苦笑する蒼紫に気がついてか、

蒼紫の補助役として一緒に参加していた操が

茶を運んできた半東の恵に軽く会釈をする。

いつもは元気な娘であるが

幼少の頃より蒼紫の茶の湯には付き合っていたので

だいたいの作法は知っているのだ。

 

「ほぉ」

と剣心が間の抜けた感想をもらすと

薫も操に習って、茶が運ばれてきた時、軽く会釈をする。

さすがというのか、薫は普段から立居振舞が綺麗なため

なんだか様になっている。

 

左之助と弥彦、剣心も操の見よう見まねで、半東の恵に会釈をした。

 

さて、かくして剣心、薫、弥彦、左之助、操の前に

お茶は揃った。

 

さすが長い間嗜んでいるだけあって

蒼紫のいれたお茶は素人でもわかるほどに

素晴らしいお茶。

 

操は「お先に頂戴いたします」と言って

下座の薫に挨拶をし

「お手前拝見いたします。」と

お茶碗を二、三度回し、すぅと一口お茶を飲み、

右手だけを畳につけ

亭主の蒼紫に軽く会釈をする。

 

残りの二口半ほどで、

操はほのかに残る茶菓子の甘味と

お抹茶の苦味の絶妙な味を堪能し

最後の泡まで飲みきった。

 

そして、「けっこうなお手前で」と

いい、指で飲み口を拭う。

それからお茶碗を色々な角度から見始める。

 

「よーっし!今度は私が…!」

 

薫は「お手前頂戴いたします」と言った所までは良かったのだが

操が何やらお茶碗を回していたことだけが

頭に残っていて、二度、三度…そして余計なことに五回ほど

回して、また茶碗を自分の正面にしてから

ぐっとお茶を飲んだ。

 

そして、喉を通る意外な熱さと苦味に

「に、にが…。」

と思わず口に出しそうになったが必死にこらえて、茶碗を置いた。

 

「こ、今度はこの左之助様が…」

 

左之助は置かれたお抹茶をぐいっと飲み干して

どんっとお茶碗を置いた。

「んー」と少し考え込んで

 

「こりゃあおめぇ、弥彦にはちと大人すぎる味かもしれねぇな」

 

そういってカラカラと笑って弥彦の頭をたたいた。

 

「俺を子供扱いすんじゃねぇ!」

弥彦はやすやすと左之助の挑発に乗り、

ごくごくと熱いはずのお抹茶を飲み干し、

挙句の果てには「おかわり」などと叫びだした。

 

そんな二人を尻目に、剣心はゆっくりと

お茶を飲み「うまいでござるな」と薫に笑いかけ

すっかり気を抜いている。

 

「とってもおいしかったわ、蒼紫さん」

 

茶碗を置いて、薫は蒼紫にお礼を言った。

 

「おぉ!なんかよくわかんなかったけど、なんつぅか、その、良かった!」

左之助も茶碗をさっさと置いて賛同する。

 

「おかわりぃ!」

弥彦はまだ興奮が冷めないのか、おかわりなどと叫んでいる。

 

「約束が果たせてよかったでござるよ。また、次の機会にでも…」

そんな弥彦に苦笑しながら、剣心も蒼紫に礼を言った。

 

蒼紫はゆっくりと四人のほうに座りなおし、

「全く…作法を知らずに茶の湯に出席するとは…」

 

と、静かに口を開いた。

 

蒼紫は静けさを好み、礼儀を重んじる人物である。

操はてっきり蒼紫が怒っているのだと思い、

蒼紫をなだめようと声をかける。

 

「まぁまぁ…あ、蒼紫様…?緋村達今回がはじめてだし…!」

 

「そうだな」

 

と、蒼紫は左之助が無造作においた茶碗をもとの場所に戻す。

操も弥彦の口を押さえ、苦笑いである。

恵もさすがにこんなはちゃめちゃな茶会は初めてだったので

蒼紫の顔色を覗う。

 

「す、すまぬ…蒼紫、こうなることが分かっていて

薫殿達を出席させてしまった、拙者の責任でござる…」

 

剣心は心底すまなそうな顔をして、蒼紫に謝った。

蒼紫は剣心の方を向いて

 

「いや…」と口を開く。

 

恵の鋭い視線もあって、少し無作法すぎたかとほんの少しだけ反省していた左之助も

その意外な否定の言葉に驚いて蒼紫の顔を見る。

 

「作法を知らずとも楽しく茶が嗜めた。」

 

「蒼紫様!」

 

まだ表情は変わらないが、操は知っていた。

 

「本当におもしろい奴らだ。」

 

蒼紫はふっと笑った。

最近少しだけだが、笑うようになった蒼紫。

そんな蒼紫を見て、操は安堵のタメ息をもらした。

 

「蒼紫と操殿のおかげでござるよ。また、ぜひ…」

 

剣心もその蒼紫の変化を嬉しく思い、次の約束を、と

蒼紫に話し掛けた。

「今度の時は、もう少し勉強しておきますね。操ちゃん、恵さん、今度教えてね?」

 

薫もすまなそうに蒼紫に笑いかける。

 

「あぁ」

 

蒼紫は深く頷いた。

操も元気良く首を縦に振る。

 

かくして、剣心組の初めての茶会は

無事に終わりを迎えた。

 

 

「それじゃあ、そろそろ道場に戻りましょうか。っと…イタタタタ!!」

立ち上がろうとした薫が勢い良くひっくりかえる。

 

 

剣心組の四人が揃いも揃って、足をしびらせ

しばらく茶室から出れなかったのは、

言うまでもない。

                                                        END

あとがき

 

…お粗末様でございました。

この作品は、土方真琴さんにキリ番でお送りした作品にございます。

もし、お茶会に剣心組が出席したら?という

真琴さんのナイスアイデア♪に美咲が稚拙な小説をプレゼントした次第です。

 

でもでも、すごく楽しくかけたんです、この作品★

できるだけ原作のキャラを壊さないように、生き生きと、を心がけて書きました(^^)

本当に楽しく書けたので、自分でも気に入ったりしています(笑)

 

2005年4月23日 風花庵@美咲

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