花嫁衣裳/土方真琴さん

花嫁衣裳

 

「ごめんでござる。」
  
  
  「すんまへん、まだ開いてまへんのえ・・・。まぁ、剣心はん!どないしは
  ったん?」
   開店の準備に追われる、『赤べこ』の戸を遠慮がちに開け、剣心が顔を出
  した。
  「忙しいところに、お邪魔するでござる。」
  「いいのんよ。それでどないいしたん?」
  
   拭き掃除の手を休めて、妙は愛想のいい笑顔を見せる。年に似合わず、も
  じもじし始めた剣心に、内心引きながら・・・。
  
   やがて思い切った様に、剣心は口を開いた。
  
  「実は、妙殿にお願いがあるでござる。」
  「うちに?何やの?剣心はん。」
  「拙者、ご存知の様に全国を流れてきた流浪人でござる。帰る処もなけれ
  ば、財産と言えるものは何も無いでござる。」
   至極真面目な顔つきで話す剣心の言葉は、今更聞くまでも無く、誰もが知
  っている事である。
  
  (そんな事言わんでも、解ってます・・・。)
  
  「けれど、こんな拙者と生涯を共にしてくれる薫殿に・・・、新しい晴れ着
  を着せてやりたいでござる。」
  「剣心はん?」
   俄かに赤くなり、俯く剣心に、妙は戸惑いながらも声を掛ける。
  「妙殿、済まぬでござるが、薫殿の着物を見立てて貰えぬか?拙者、祝言に
  は薫殿に、新しい晴れ着を着せたいと思って、内緒で働いていたでござる。
  これで何とか、薫殿に似合う着物を選んで欲しいでござる。」
  
   妙に向い頭を下げる剣心から、巾着を受取る妙の目も潤んでいた。
  
  「薫ちゃんは幸せ者や・・・。ええよ、剣心はん。うちがちゃあんと、見立
  ててあげるさかいな。・・・?剣心はん・・・、足らんわ。」
  
   感激に潤んでいた妙の瞳が、戸惑いの色に変わる。
  
  「おろ?」
   状況の飲み込めない剣心が、首を傾げる。
  「剣心はん・・・、これでは、帯しか買えへんよ・・・。」
  ダメだしとも言える妙の言葉に、剣心は愕然とした。
  
  「おろ〜っ・・・!」
  
   ガックリとタタキに座り込んだ剣心の頭上から、突然お金が降ってきた。
  「おろっ?」
  驚いて振り仰いだ剣心と妙の前に、弥彦と燕が立っていた。
  「まったく、しょうがねぇな。俺等からのご祝儀だ。まだ足りなねぇだろう
  から、剣心、頑張って働けよ。」
  「おろ・・・。」
  
  ガラッ!バタン!
  
  「おい!剣心、話は聞いたぞ。これからも苦労を掛ける嬢ちゃんに、せめて
  祝言には晴れ着を着せてやりてぇってか・・・。泣かせるぜ・・・、よし
  っ!俺も人肌脱ぐぜ、待っていな!」
  
   左之助は入って来た時と同じく、騒々しく出て行った。
  
  「左之・・・?」
  「左之助はん・・・?」
  「何だ?あいつ・・・、何しに来たんだ?」
  
  
   赤べこを出た左之助が、最初に飛び込んだのは、小国診療所である。
  
  「おう!女狐いるかぁ〜?」
  「おとなしく順番を待ちなさい!」
   勝手に診察室に飛び込んで来た左之助を、恵が一喝した。
  「違うぜ、今は手当てに来たんじゃあねぇ。剣心の為にご祝儀をくれ!」
  「はぁ〜?!ちょっと来なさい!」
  
   恵は左之助の手を取り、診察室の外へ出ると、そのまま廊下の隅に引っ張
  って行った。
  
  「あんた、一体何しに来たのよ?剣さんのご祝儀って何の事よ?」
   恵の問い掛けに、左之助は赤べこでの一件を話した。
  「そうだったの。剣さんがねぇ・・・。いいわ、ちょっと待っていなさ
  い。」
   恵は診察室に戻り、財布を手にして戻って来た。
  「はい、大層な事は出来ないけれど、剣さんに持って行ってあげて。」
  「悪いな!助かるぜ。」
   恵からのご祝儀を受取り、立ち去ろうとした左之助を玄斉が呼び止めた。
  「左之助君、ちょっと待ちなさい。」
  「おう、玄斉先生か、何でぇ?」
  「恵君を呼びに来たら、話が聞こえてなぁ。わしも協力させて貰うよ。」
  「すまねぇな、玄斉先生。ありがとうよ!」
  
   玄斉が懐から出した包みを受取ると、左之助は診療所を飛び出して行っ
  た。
  
  
  
   次に左之助が向かったのは、警察署である。
  
   左之助は迷う事なく署長室に押し掛けると、気のいい浦村署長からも、お
  祝いをせしめたのだった。
  「なかなか、幸先がいいじゃねぇか。」
   ホクホクしながら、警察署の玄関を出た左之助は、丁度戻って来た沢下条
  張に、バッタリ出会った。
  「おう!箒頭、いい所で会ったぜ。」
  「何や?トリ頭、わいに用でもあるんか?」
  
   思い切り迷惑そうな顔をして、張が問う。
  
  「おぅよ、斎藤が見付かんねぇんでぃ。お前でもいいから、剣心にご祝儀を
  くれ!」
  「アホか〜!何でわいが抜刀斎なんぞに、ご祝儀を出さなあかんのや?!」
  「何だ、手前!剣心が生涯の伴侶に、一生に一度の贈り物をしようとしてい
  るんだぞ!助けてやろうと思わねぇのか?!」
  「思うかっ!ボケッ!」
  「んだと〜!この野郎!」
  
   警察署の前で、二人は取っ組み合いの喧嘩を始めた。
  
  「こら〜!お前達何をしている?!」
  「離れろ!!」
  
   警察署から、警官達が飛び出して来た。
  
   腕力には自信のある左之助も、大勢の警官を相手に大立ち回りをする程
  の、馬鹿ではない。(と思うが・・・。)左之助は渋々、掴んだ張の胸座か
  ら手を離した。
   そして彼等を取り囲む警官達に、憮然として言い放つ。
  「何だ?お前等!俺はこの箒頭と話をしているだけだぜ。邪魔すんじゃね
  ぇ!」
   左之助は、顎で張を指し示す。
  「手前〜!わいを顎で指しやがったな!」
  「それが如何した。」
  
  二人は取り押さえ様とする警官を投げ飛ばし、再び殴り合いを始めた。
  
  
  
  
  「大人しく入っていろ!」
  「テメェ〜!何しやがる!今日はこんな所で、愚図愚図している暇なんかね
  ぇんでぃ!出しやがれ、この野郎!」
  
   留置所に叩き込まれた左之助は、格子を掴んで喚き散らした。
  
  「喧しいわ!いくら騒いだかて、出れるわけ無いやろ!」
  「何だ?箒頭、手前も入れられたのか?」
   左之助が声のする方に目を向けると、通路を隔てた向かいの檻から、張が
  睨んでいた。
  「このボケが!おのれのせいで、わいまでぶち込まれたやないか!」
  「へっ、テメェがケチだから悪いんだろう。」
  「何やて〜?!われこそ、警察にまでたかりにくるか〜!このド阿呆が!」
  
  
  コツコツコツ・・・。
  
  
   格子を挟んで怒鳴りあう、左之助と張に、煙草の匂いを漂わせ、足音が近
  づいてきた。
  「ん?この匂いは・・・。斎藤、テメェ!出しやがれ!」
  「旦那〜、わてはこのド阿呆の、巻き添えをくっただけや!出してぇな!」
   格子を掴んで騒ぐ二人に、狭い通路に立つ男は、チラリと視線を送った。
  そして彼は何時もの様に、その眉間に微かな皺を寄せると、ゆっくりと紫煙
  を吐く。
  
  「そこで頭を冷やすんだな。」
  
  「おい!斎藤!俺をこんな所に閉じ込める積もりか?!俺はこんな所で、油
  を売ってる暇なんかねぇんだ!出しやがれ・・・、おぅ、そうだ!斎藤、剣
  心にご祝儀をくれ!」
  「何?」
  
  琥珀色の瞳が、不審気に光る。
  
  「剣心がせめて祝言の時位、嬢ちゃんに新しい晴れ着を着せてやりてぇと、
  必死に働いているんだが・・・。足りねぇんだ。そんな時こそ、助けてやり
  てぇと思うのが、人情ってぇもんだろ?そういう事だから、テメェも助けて
  やってくれ・・・おい、斎藤!どこへ行く気だ?!」
  
  「阿呆が・・・。」
  
   左之助の言葉が終わらぬうちに、斎藤は煙草を踏み消し、出口に向かって
  歩き出していた。
  
  「テメェ、待ちやがれ〜!この薄情者!」
  「旦那!わいを見捨てるんか?!旦那〜!」
  
  
   格子を揺らしながら喚き散らす、二人の声を背中に聞き、斎藤こと藤田五
  郎は立ち去った。
  
  
   二人が浦村署長の説教の後、ようやく留置所から解放されたのは、夜も更
  けてからであった。
  
  
  
  「剣心〜!居るか〜!」
   祝言が間近に迫ったある日の朝、井戸端で洗濯をする剣心の元へ、左之助
  が飛び込んで来た。
  「左之・・・、こんな早くから珍しいでござるな。どうかしたのでござる
  か?」
  「剣心・・・、やっと出来たぜ。」
  
   左之助は見るからに重そうな巾着を、剣心に差し出した。
  
  「何でござるか?」
   剣心は左之助の意図が解らず、きょとんとしている。
  「オメェ達の祝言のご祝儀だ。皆の気持ちが詰まっているんだぜ、嬢ちゃん
  にいい着物を買ってやれよ。」
  「左之・・・。」
   
   左之助から巾着を受け取った剣心は、ずっしりと重い贈り物に、自分達を
  祝ってくれる人達の思いの深さを感じていた。
  
  「ありがとうでござる。」
  
  かつての伝説の人斬りと言われた男の目も、うっすらと潤んでいた。
  
  
  
  
  「おはようさん、薫ちゃん居てはる?」
   いよいよ祝言を明後日に控えた朝、神谷道場を関原妙が訪れた。
  「は〜い。妙さん、いらっしゃい。」
  応対に出た薫に、妙は満面の笑みを向ける。
  「薫ちゃん、いよいよ祝言どすなぁ。間に合って、ほんまによかったわぁ。
  今日はなぁ、剣心はんから頼まれた物を、届けに来たんえ。」
  「剣心から?とにかく上がって。」
  
   薫は不思議そうな顔をしながら、妙を座敷へ招き入れた。
  
  
  
  「薫ちゃん、見てぇな。綺麗やろう?剣心はんからの、贈り物え。」
   妙が風呂敷包みを開けると、漆黒の縮緬地に浮かぶ、青海波に鶴が舞い、
  松、竹、梅、桜、牡丹に菊・・・と、四季の花が咲き乱れる華麗な大振袖
  が、薫の目に飛び込んできた。
  「これは・・・?」
  
  薫は呆気にとられていた。
  
  「剣心はんはな、これから苦労を共にする薫ちゃんに、せめて祝言には晴れ
  着を着せてやりたい言うて、内緒で働いてはったんえ。」
  「剣心が・・・?」
  
   妙の言葉に、薫は最近の剣心の不可解な行動の全てに、納得が出来た。
  
  「そうだったの・・・、この頃剣心ったら、何だかおかしくて・・・。やた
  らと家を空けるし、隠し事をしているみたいだし・・・、もしかして、祝言
  を挙げるのが嫌になったんじゃないかと心配だったの・・・。剣心った
  ら・・・。」
  
   薫の瞳から、涙が零れ落ちた。
  
  「薫ちゃん、良かったな。あんたは幸せ者やで。」
  「うん、うん・・・。」
  妙の差し出した手拭で顔を覆いながら、薫は何度も頷いていた。
  
  
   剣心の愛情の篭った大振袖を衣桁に掛け、薫は出稽古の支度をした。
  
  「いってきます。」
  
   薫は玄関に立ち、誰もいない奥へ一声掛けると、門を出た。
  
  
  「薫ちゃん、おめでとう。」
  
   薫は門を出ると直ぐに、近所のお婆さんに声を掛けられた。
  「ありがとうございます。」
  「良い着物を買って貰えた?」
  「えっ?はい、おかげ様で・・・?」
  「そう、それは良かったね。」
  
  (何で、お婆さんが着物の事を知っているの?)
  
  
   老婆と別れて、首を傾げる薫に、今度は仕事帰りの魚屋が声を掛けてき
  た。
  「よぉっ、剣術小町!いい着物を買って貰ったか?良かったな、幸せになれ
  よ!」
  「ええっ?」
  「薫さん、いよいよ明後日やね?優しい婿さんで良かったね。」
  「おめでとう!旦那を大事にしてやりなよ。」
  
  (どうして・・・、町中の人達が知っているの〜?)
  
   その後、前川道場に辿り着くまで、薫は出会う人達から祝福を受け続け
  た。
  
  勿論、前川道場でもお祝いの支度を整えて、薫の到着を待っていた。
  
  
  
   その頃剣心も、薫同様、町中の人達から祝福を受けていた。
  「解せぬでござる、何故皆、着物の事を知っているのでござろう?」
  
   剣心は不思議そうに、横を歩く左之助に話し掛けた。
  
  「そりゃあ、当然だろう。あの着物は、町中の人に貰ったご祝儀で買ったん
  だからよ。」
  「左之?どういう事でござるか?」
  
  不審そうに見上げる剣心の背を、左之助はバンと叩き、カラカラと笑った。
  
  「俺が町中を駆け回って、ご祝儀を集めてやったんじゃねぇか。」
  「左之・・・。」
  
  
   そして祝言の朝、多くの人々の心の篭った晴れ着を纏う花嫁は、この上も
  なく美しかったという。
  
                   完
  

 

 

「花嫁衣裳」でした!真琴さん、有難うございました。

花嫁衣裳って、今でもやっぱり女の子には大切なものですよね。

その大切な晴れ着を、剣心をはじめ、二人の幸せを願うみんなの気持ちで

取り繕ってもらえるなんて、薫ちゃん、なんて幸せ者!

 

私もいつか、二人の祝言のお話を書きたいです♪

 

20050508

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