*…はっぴぃらいふ…* |
HAPPY LIFE 「剣路、薫。もう朝でござるよ。」 剣心は苦笑しながら、自分の隣で川の字で寝ている 二人を揺り起こした。 それもそのはずである。 自分はもう一刻ほど前に起きて 二人の寝顔をぼーぅと見ていた。 しかし、そろそろ起こそうか、と二人に声をかけても 二人ともいっこうに起きようとしない。 起こすのも、なんともうこれで三度目なのである。 「こら、剣路。いつまで母さんにくっついて寝ているつもりでござるか?」 剣心と薫の間に寝転がって 母から離れようとしない剣路の頭を軽くつついて 剣心は布団から起き上がった。 「……けーんしーん…ご飯まだぁ?」 剣心が起き上がったのを感じたのか 薫は布団から顔だけ出して、そんな寝ぼけ声を出した。 「薫。起きるでござる」 「ぃやーあと五分…」 「薫。」 いつまでも駄々をこねる薫に 剣心はまた苦笑いをした。 まだ少女の匂いを残した彼女の髪をさらりと 撫でて剣心はまた笑う。 もう一度髪を撫でようとした その時、小さな手が剣心の手をつかんだ。 「父ちゃん…ご飯まだぁ?」 さっき母が言った言葉をそっくりそのまま 繰り返して剣路は その手の力を強くした。 「…剣路。起きたら作ってあげるでござるから、その手を離しなさい」 ――昨日爪を切ってやるんだった。 剣心は後悔した。 小さな手の鋭い爪が剣心の肌にじわりと食い込んでいった。 「…剣路」 「ご飯ー…」 「…剣路!いたたた…はなすでござ…」 「んー…ご飯…」 「お、おろろー……」 …剣路の勝ちである。 * 緋村家の朝の朝食。 剣心はおいしそうにご飯を頬張る妻と息子を見て、 自分も一口、ご飯を口へ運んだ。 「剣心」 「…どうしたでござる?」 やっと目を覚まして、髪を結いなおした薫が 剣心の右手にある傷をじぃと見て、怪訝な顔をしている。 「どしたの、その傷。」 「…あぁ、これは…」 剣心は剣路の方をちらりと見て返事をためらった。 思ったとおり「言うな」という顔をした 息子の顔。 「な、なんでもないでござるよ。」 よほど母が大好きなのであろう。 本当なら母親を独占してしまいたいような、年頃。 でも、結婚して子供が生まれても 恋人同士のように仲がいいので 剣路はつい、やきもちを焼いては 剣心を困らせているのだ。 「父ちゃん痛そうだね―…。大丈夫?」 本当に自分がつけたと分かっているのかいないのか 剣路はさらっとそんなことを言った。 「…大丈夫でござるよ」 剣心は苦笑いしながらも 今日は何だか、剣路にいじわるをしたくなってしまった。 ふと、さりげなく剣路の皿の端に寄せてある、人参に目がとまった。 剣路は、生まれてからずーっと、人参を食わず嫌いしているのである。 「剣路、人参はどうしたでござる?お前ももう四歳になるのだから、そろそろ食べてみてはどうでござる?」 「そうよ、剣路。好き嫌いしてたら強い子になれないわよ。」 「甘く煮たから食べやすいはずでござるよ。ほら剣路」 剣路の皿に残った人参のかけらを 剣心はひょいと持ち上げると 剣路の口元に持っていく。 「やだ。」 剣路は、かたくなに首を横に振っている。 「父ちゃんだってしいたけ残してる」 「…そ、それは…」 二人のそんなやりとりを見ていて、ついに薫が吹きだした。 「お父さんはねぇ、きのこが食べれないのよ。 昔色々あってね?おいしいのにねぇ、剣路。」 「うん、きのこおいしいよ。」 剣心にも苦手な食べ物があると聞いて、 剣路は心なしか目を輝かせた気がした。 薫はその変化を見逃さない。 「人参食べたら、今日母ちゃん独り占めしていいわよ、剣路。」 薫はもう一度剣路の皿に残った人参をつまむと 剣路の口元に運んでいく。 「本当??」 「今日だけでござるよ」 剣心も、苦笑しながらも同意した。 剣路は目の前にある人参をじぃーと見た。 今までの四年間、一度も好んで食べなかった。 父ちゃんが作るおいしい料理でも、 人参だけはおいしくなさそうだから、いつも残していた。 「本当に本当??」 剣路は半ば涙目になりながら、もう一度剣心に尋ねた。 「あぁ、ただし今日だけでござるよ。」 「はい、剣路、あーん。」 薫の箸が剣路の口元にいっそう近づく。 覚悟を決めたかのように 剣路は小さな口をあけ、人参を勢いよく口に入れた。 よほど嫌いなのか、 剣路の目には涙がたまっている。 「よーし、剣路がんばったね!」 「ちゃんと噛むんでござるよ」 もぐもぐもぐ…と 小さな剣路の口が動いて やっとごくんと飲み込んだ。 「どうだった?剣路?」 黙り込む息子を心配して 二人は剣路の顔を覗き込んだ。 「おいしかった」 思いがけず、剣路はにこりとわらって見せた。 「おろ」 「あら」 剣心と薫も、思わず驚きの声をあげる。 「これで、今日一日母ちゃんは俺のもの!」 剣路はまだ食事も終らぬというのに 母の方へ走って、父にあっかんべぇーをした。 「えっとねーえっとねー!!今日はぁ…まずコマ!コマやろう、母ちゃん!」 そういってはしゃいで自分の部屋にコマをとりに行ってしまった。 これ剣路、食事中でござるよ、と剣心は声をかけたが 言い終わった時には、もう剣路の姿はなく、 どたばたと走る音だけが道場に響いた。 「剣心」 「何でござる…」 くすくすと笑う薫とは対照的に なんだか、珍しくふてくされている剣心。 そんな剣心に、さらに笑いを誘われながら、 薫は剣心の皿に載ったしいたけを ちょん、と箸でつまんだ。 「…あーん。」 「あーん。」 よく煮えたしいたけが、剣心の口の中へ入った。 剣心は懸命にもぐもぐと口を動かして、勢い良く飲み込んだ。 「…剣心、私が食べさせてあげれば食べれるのよね。」 「…おろ」 剣心は照れくさそうに頭を掻いている。 そんな剣心に薫は ご褒美、とそっと口付けた。 どたどたと、息子の走る音が聞えてくる。 ぎりぎりまで、二人は口付けて。 「コマー!!!」 そんなことも知らず、剣路は、勢い良く戸を開けた。 「コマねぇ、はいはい。でもご飯食べてからになさい、剣路。」 そこには先ほどより距離が近くなった、父と母の姿。 二人の間を割るように、剣路は二人の間にちょんと座った。 「ご飯食べたら、すぐだよー!」 「はいはい。」 剣路は勢いよく、ご飯を食べ始めた。 そんな剣路を見て、二人はくすくすと笑った。 剣心の皿には、もうしいたけはない。 その代わり、残った優しい口付けの跡。 今日は、剣路の勝ちだけれど、 やっぱり、剣心の、勝ち。 END |
読んでくださって有難うございます。 いかがでしたか(^^)? YOURS COLORのkaoruちゃんに半年前くらいかな? にお送りした作品です。 時間がなかったため流用になってしまって 申し訳ないですが…(><) 自分的にちょっとお気に入りの作品なので、こちらにも掲載させて頂きました。 Kaoruちゃんと、そして風花庵に来て下さる方への 美咲からのプレゼントです。 本当に本当にささいなものですが(汗) これからも皆さんの心に残る小説を書いていきたいなと思います。 応援よろしくお願いしますネ! <風花庵2004年四周年記念に掲載 2004.11.11> |