*…春、咲いて。…*

春、咲いて。

 

桜舞う四月。

春、咲き誇った桜は美しく散り始め

特有の温かく、甘い風が東京、神谷道場にも

優しくそそいでいた。

 

そんな春のある日、ちょっとした、出来事。

 

*

 

「おろ…これは?」

 

朝食の片付けを終え、剣心が自室に戻ると

剣心の机の上に、「緋村剣心様」と

書かれた、一通の文。綺麗な華を散りばめた、

女性物の飾りのあしらいがしてある。

 

「差出人は…?おろ、ないでござるな」

 

どこかで見たことのあるような筆跡だが

どうにも思い出せない。

それでに差出人の名前は一度ためらったようになって

黒く塗られている。

 

「どれ。」

 

カサッと音を立てて

その文をあける。

ふわっと甘い花の香りが漂い

また見覚えのある、何か急いだような字で書かれた文章が飛び込んでくる。

 

『緋村剣心様。

 

 渡したいものがあります。

 

 松浦の橋の上で本日の夕方6時にお待ちしております。』

 

 

「松浦の橋…あぁ、あの赤べこに行く途中にあるあの橋でござるか。」

 

ぽんと手をうつと剣心はその手紙を懐にしまって

薫と弥彦が稽古しているだろう道場へ向かおうとした。

が。

 

「お…ろぉ…!!」

 

突然立ったからであろうか

立ちくらみがして、剣心は意識を手放した。

 

*

「じゃあお大事にね。」

 

「はい、どうも有難う御座いました。」

 

ぼやけた意識の中で、聞える恵と薫の会話。

うっすらと感じる光に瞼をあげると

剣心の目には心配そうな顔をした薫の顔が飛び込んできた。

 

「剣心…!もう、あなたこんなに熱があったのに…自分で気がつかなかったの?

 朝からおかしいと思ってて、心配して部屋に戻ったら剣心倒れてるんだもの…。

 心配したわ。でもただの風邪だって。安心して。」

 

心配顔が、一瞬泣き顔へ最後には笑顔にと忙しく変わって

ゆっくりと起き上がった剣心の前に水と薬が手渡される。

 

「拙者…熱が?」

 

その薬を苦そうな顔をしてゆっくりと飲み込むと薫に尋ねた。

 

「そうよ、今だって全然下がってないんだから、今日はゆっくり休んで頂戴ね?」

 

剣心が子供のような苦そうな顔をしたのがおもしろかったのか、

薫は少し控えめに笑って

剣心にもう一度横になるように促した。

 

「そうだぜぇ、今日くらい休んどけよ剣心、俺がメシ作るし。俺が。安心し…」

 

「なぁんですってぇ!?」

 

弥彦の言葉を最後まで聞かないで、

薫のお得意の右パンチストレートが飛ぶ。

 

「つぅ…おろ…何だか頭が痛いでござるな…」

 

「ご、ごめんね私達が大きな声出したから」

 

「俺はうるさくねぇよなぁ、剣心」

 

そうつぶやいた弥彦を薫は恨めしそうに見て

新しい氷をとってきて頂戴、と弥彦に言うと

剣心の額に置かれていた布を取り替える。

 

「いや、そんなに心配せずとも…今日は少し小用があって

 外へ出なくてはならないでござるから…大丈夫でござるよ?」

 

新しく置かれた冷たい布を額に気持ちよく感じながらも

先ほどの手紙のことを思い出して、懐に手をやる。

 

「お…おろ?」

 

今まで気がつかなかったが

剣心は寝巻きに着替えさせられていて

着物は枕もとにたたまれ、その上に先ほどの

手紙がちょこんと乗っている。

 

「小用って何よ?」

 

その手紙の方をちらりと

見て薫は少々早口になる。

 

「いや…その拙者にも分からないので御座るが とにかく行かなくてはならなくて………ゴホッ…」

 

「今日じゃなきゃダメなの?無理よ、こんなに熱があるし

 それに咳だってしてるし頭だって痛いんでしょう?!」

 

「…そ…それはそうでござるが」

 

薫の気迫に押されて剣心は枕に顔をうずめるが

薫は容赦せずにまたお説教である。

 

「もうっ!剣心は人のことはすぐ分かっちゃうくせに

 自分のことになるとまるで鈍いんだから!とりあえず

 今日は恵サンに絶対安静って言われたんだから!ねっ!」

 

「…しかし…。」

 

約束でござるから、と剣心はその手紙に触れると

薫は心なしか顔を真っ赤にする。

 

「今朝…部屋に入ったらこの文があって…何だか急いだような筆跡でござったし…

 何か急用なのかもしれないでござろう?」

 

「…と…とにかくっ!もう六時は過ぎちゃったのよ!だから今更松浦橋に行っても間に合わないわ!」

 

剣心の布団を押さえつけて

薫は声を大きくしてとそういうと、剣心の顔が固まる。

 

「薫殿…?」

 

その瞳は不思議そうに薫を見た。

手紙は自分がたたんだままの形で枕もとに置かれているし

誰が読んだ形跡もない。

 

ましてや、読んでもいないのにその内容をいいあてるなど

普通の人にはできない芸当である。

 

それが書いた本人でなければの話、だが。

 

本当にわけが分からないという顔をしている剣心を

横目に、薫はばつが悪そうに口を開く。

 

「私よ。」

 

「は?」

 

「だから、私なの。」

 

薫はほてり気味だった顔をもっと赤くして

立ち上がり剣心の部屋の隅に置いてあった

包みを膝の上に置く。

 

「…薫殿?」

 

まだ頭の上に?が浮いている剣心の

胸に、その包みを押し付けて言った。

 

「もうっ!鈍いわね!その手紙、出したの私、なの…!!」

 

「か…薫殿が?」

 

剣心は耳まで真っ赤にして深く頷く薫を見て

思わず吹き出してしまった。

 

「もぉー!!わ、笑わないでよっ!!」

 

笑いの止まらない剣心に薫は桜色に染まった頬を

ぷぅと膨らませて彼の胸を叩く。

 

「こんなに近くにいるのに…何ゆえ文でござるか?」

 

薫の頭の上にぽんぽんと手を置いて問う。

 

――ほんと、鈍いんだから。

 

薫はそう思いながらもぽつりぽつりと

そのワケを話していくと

剣心の顔が穏やかな顔になっていくのを

感じて、何だか嬉しくなってきてしまう。

 

「恥ずかしかったのよ、それにびっくりさせようと思って。

 でも剣心ったらこんなに熱があるのに、行く、だなんて。

 これどう見ても恋文じゃない、どうするつもりだったの?」

 

「…恋文…でござるか!?」

 

今度は剣心が赤くなる番だ。

剣心は本当に知らなかった、と口をパクパクさせている。

彼は本当に自分のことになると本当に鈍いのである。

 

「もぉ、それで行こうとしてたの?自分にやきもち妬いちゃったわよ、私。」

 

大きな瞳を揺らして

くすくすと笑う彼女を見ていると

自然に笑みがこぼれる自分の気づく。

 

そんな剣心を見て薫は彼の手に自分の手を重ねる。

 

――もうその手、離せなくなっちゃったんだもの。

 

「それ…開けてみて?ずっと渡したかったの。」

 

重ねられた暖かい手を開くと

剣心の手には小さな包み。

 

そっと紙をあけると、二人の微笑み。

障子越しに立っていた弥彦に気がつかずに

二人は静かに唇をあわせて、笑った。

 

「…お邪魔虫かよ、俺は。」

 

氷を部屋の前に置いて

その足でもう一度道場へ向かう。

 

足音を立てないように

ゆっくりと。

聞いてたなんて言ったら薫に怒られるに違いない。

 

そんなのご免だ、と舌を出しながらも

そこには弥彦の笑顔があった。

 

春の風もその少年と同じように。

二人を優しく見守るかのように。

 

優しく、優しく、

 

暖かく。

 

東京の街をふきぬけていった。

そんな春のある日、ちょっとした、出来事…。

 

 

 

                               END

星霜編後初の剣v薫小説でした^^いかがでしたでしょうか?私の抱く剣v薫はこうなので、ずっとこういうふうに書いていこうと思っています♪ 薫が剣心に贈ったものはなんだったんでしょうか?……秘密です(笑)                2002.4.1

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