*…日日並べて…* |
日日並べて【かがなべて】 *志々雄の戦いが終って神谷道場に帰ってきた時期のお話です。 出逢った頃はすごく強い人と思っていた。 一人で生きていく歩いていく あの人の歩く前には必ず道がある そんな人だろうと決め付けた けれど その歩いていくはずのその足は深く深く傷ついていた * 志々雄の戦いが終わり。 瀕死の重傷を負って。 彼は帰ってきた。 月明かりが妖しく綺麗に彼らを照らして。 そのあとの景色はもう涙でかすんでよくは覚えていない。 私は彼の名前を一度震える唇で呼びながら。 死なないで 死なないで そうずっと心の中で叫んでいた。 生きて、私のそばにいて。 そう、ずっと心の中で…。 「剣心…?」 入るわよ、と小声で言うと薫は まだ灯りがついている剣心の部屋に入っていった。 「薫殿?まだ起きていたのでござるか?」 読んでいた本をパタンと閉じて 剣心の瞳は薫の顔を映した。 「私はちょっと起きちゃっただけ。今まで寝てたわ。」 戸を後ろ手で閉めるとそこにペタンと座り込んだ。 じーっと剣心の方を見てみつあみを結いなおしている。 器用に動くその指先を見ながら剣心は布団をひき始めようと 布団に手をかける。 「…すまぬ、もう寝るでござるよ。」 「…寝れなかったんでしょ。」 ―――強い人と思っていたけれど。 困り顔の剣心に薫は心配の色をうつしてそう問い掛けた。 「…そんな風に見えるでござるか?」 一瞬真顔になった剣心はすぐに苦笑してそう答えると 薫はコクンと小さく頷いてもう一方のみつあみに手をかけ始めた。 ―――その心は深く深く傷ついていた。 「…薫殿、もう遅いんだから薫殿も床にもど…」 「私のことはいいの。」 薫を部屋に帰そうと立ち上がった剣心に 薫はそっぽを向いてそう言った。 「…薫殿。」 剣心はそのまま薫の横にゆっくりと座った。 お見通しでござるな、と小さくつぶやいて。 剣心は深く目を閉じて。 ぽつりぽつりと少しだけ、ほんの少しだけ。 話し出す。 子供のように。静かに。 そう、まるで昔語りのように。 ―――私の全部の愛をあげても埋められないかもしれないこの人の傷。 「剣心、眠っていいよ。ここに、いるから。」 覚悟を決めたかのように、それでいて優しさに 満ちた目で薫はそう口にした。 「私は、ずっとここにいるから。だから…おやすみなさい?」 子供をなだめる母のように、剣心の髪に触れながら。 ―――あなたの帰れる場所になれるように。願わくは…永遠に。永遠に。 「おやすみ…。」 剣心は彼本来の優しい笑顔で。 薫の肩を枕に、一度目を瞑る。 ―――互いが帰る場所になるように…。 目を瞑ったままの剣心の手が 薫の小さい手をそっと握る。 「おやすみ…。」 薫は小さくおやすみ、そうつぶやくと 剣心の部屋から見える月を見て。 おかえりなさい、そう優しく囁く。 ―――私もいつかあなたもいつか消えていくけど。 薫は剣心の重みを心地よく感じながら 自分にもひきかけの布団をそっと被せる。 ――今このときが私たちの中で永遠であるように…。 「おかえりなさい…剣心…。」 夜明けが近い。 薫の長い睫毛は 夜明けの光がきらきらと反射していた。 END |
多少分かりにくかったかもしれませんが、この小説はCoccoの「しなやかな腕の祈り」という曲から私がイメージしたショートストーリーになっています。テーマは無償の愛ってとこですか(笑)指先からこぼれる愛を全てあなたにあげましょう。というフレーズがあるんですか、まさに薫殿かな、と思いまして。多少哲学的な文章で美咲の偏った文章ですので…気に入っていただけたら幸いです。タイトルの「日日並べて」というのは古語で「日数を重ねて」という意味です。 2002.9.22 UP |