薄紅色の

薄紅色の

 

 

「知っていますか?」

 

巴は自分の横を歩く少年にそう問いかけた。

 

「なんだ、唐突に…」

 

「それもそうですね」

 

巴はくすりと少し笑って、それでも夕陽から目を離さずに。

ふと、立ち止まった。

 

「この海岸の…薄紅色の貝を見つけることができれば…」

 

「できれば?」

剣心も、巴が歩みをやめたので

彼女の少し前で、歩くのをやめ、振り返った。

 

「永遠に、幸せでいられるのだそうです…」

 

 

「海?」

 

「この近くにあるみたいでござるから、ちょっと足を伸ばそうか。」

 

 

そういって、剣心は後ろを歩く薫の方に振り返った。

 

巴の墓参りの帰り道。

赤い夕焼けに染まる海に

剣心と薫は歩いた。

…綺麗な、綺麗な海。

 

幾重にも重なる青い波。

水しぶきが―…宝石みたいに輝く。

 

海岸の砂が舞って。

夕焼けに輝いて。

まるで、そう。流れ星のように。

 

その砂はさらり、二人の間を流れていった。

 

「……………」

 

「……………」

 

 

しばし無言の時が流れる。

言葉を交わさずとも良かった。

 

ゆっくりゆっくりと時が過ぎていく。

 

剣心と薫の草履の音と、波の音だけが、この世界を支配するように

薫の耳にこだました。

 

「薫殿」

 

「なぁに?」

 

「少し…休憩するでござるか。」

 

剣心はそういって、波打ち際に腰を降ろした。

薫もその左横に、寄り添うようにして

腰をおろした。

 

 

「綺麗な海ね…。」

 

薫は自然とそんな言葉を口にした。

あぁ、と剣心も深く頷いて

薫の手のひらに薄紅色の貝殻を載せた。

 

 

「これ…?」

 

薫は首をかしげた。

とても綺麗な透明な薄紅色の貝殻。

 

「…薄紅色の…貝殻?」

 

薫はその貝殻を夕陽に照らして

きらきらと反射させた。

 

そして、ありがとう、と剣心にお礼を言う。

 

どういたしまして、と決まりきった返事をすると、

剣心は少し照れくさそうに下を向くと

ぽつりと話し始めた。

 

「この海岸で薄紅色の貝殻を、自分の大切な人に贈れば…という言い伝えが。」

 

…あるでござる、とにっと笑って、剣心はまた海に視線を戻した。

 

 

―――巴の代わりだなんて思ったことはない。

 

「…ありがとう。」

 

もう一度そう言って微笑む薫に

年甲斐もなく、頬が染まる。

しかし、ちょうど夕焼けの綺麗な時刻。

彼女には、ばれずにすみそうだ。

 

 

――巴、あの時は見つからなかったけど 

  見つけたよ、薄紅色の、君が欲しがっていただろうあの貝を。

 

「だから剣心、下を見ながら歩いていたのね?」

 

薫も、人知れず嬉しさに染まった頬を隠そうと

立ち上がって、座る剣心に笑いかける。

 

「気づいていたでござるか。」

 

ははは、と頭をかいて薫の方を見る。

 

薫は薄紅色の小さな貝を両手で大切そうに持ちながら

草履を脱いで。打ち寄せる波に足を遊ばせていた。

 

「気をつけるでござるよ、薫殿。」

 

「大丈夫よ、剣心もおい…きゃっ!」

 

「おろっ…」

 

水しぶきが、剣心の顔にかかる。

その瞬間、薫が剣心の前に倒れこむ。

波に足をとられたのであろう。

剣心は反射的に彼女を抱きとめた。

 

 

「ご、ごめん…い、今どくから…」

 

その間も、二人の鼓動とは裏腹に。

夕焼けの海は、とても静かで…。

 

「…薫殿」

 

恥ずかしさのあまり、離れようとする薫と

反対の力が働く。

きゅっと、剣心の腕は薫を抱きしめる腕の力を少し強める。

 

薫の着物の裾が、海水に濡れてしめっていく。

冷たいその海水とは反対に。

薫の顔はどんどんと熱くなっていく。

 

「…けん…しん?」

 

剣心はそっと薫の頭を撫でてその腕の力をふっとゆるめた。

彼女が固く握る左手には、あの薄紅色の貝殻。

 

――彼女を、守っていくよ。

 

「濡れてしまったでござるな。」

 

困った顔でまた笑って、まだぼぅっとしている薫の手をとった。

 

――巴…君にも、約束するよ。

 

 

「行こうか。」

 

差し出された薫の手を、剣心は力強く握った。

そして歩き出す。

一歩一歩、踏みしめるように。

 

かつて愛する人と来たその海は、

今の二人を祝福するかのように

綺麗に、綺麗に輝いていた。

 

 

 

 

                    END

薄紅色の貝のエピソードは、るろうに剣心のアニメ未公開ビデオのエピソードからオリジナルの作品にしてみました。

んんん…最近少しスランプ気味です。

同じような話になってしまふきがします。(悩)

今回は少しだけ男前剣心。そして巴さんのエピソード。

見つけられなかった貝を見つけられた剣心。

少しだけ、気持ちが軽くなった彼を、書いてみました。

                                                 2004.10.9 up

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