君の声が聞える |
『君の声が聞える〜其の弐〜』 道場から、薫の声が消えて今日で七日目―…。 「大根に…人参。あとはねぎでござるな…。」 剣心は一人、大荷物を抱えて買い物をしていた。 その肩には先ほど薫がかけてくれた肩掛け。 寒さもまだ緩まない春先、温かいぬくもりを彼に与えてくれる。 「これは…」 剣心は、ふと一つの髪飾りに目をとめた。 藍色の花をあしらったなんとも立派な髪飾り。 薫殿。これを贈れば喜んでくれるだろうか。 ふと、そんなことを思っている自分に苦笑する。 『ほんの少しだけ』 そんな気持ちで、本当に軽い気持ちで 神谷道場に居座った。 運命だなんて、そんな大それたことも感じなかった。 すぐに、彼女が寝ている間にでも黙って去るつもりだったのだ。 居心地のよさが、彼女の温かさが、それを阻んだだけで。 今度、自分のせいで彼女を危険な目に合わせてしまったら… そう考えるだけで怖かった。 「そこのお兄さん。」 視線はその髪飾りにとまったまま そこで佇んでいた剣心に 店の老婆が声をかける。 「いい人に、買い物かい。安くしておくよ。」 その老婆はにこりと柔らかく笑った。 「いや…。」 剣心は老婆に困ったように笑いかけると くるりと向きを変える。 「また来ておくれよ。」 背中に老婆の声が聞える。 剣心は中途半端に振り向いておじぎをした。 「いい人、か……。」 家路を急ぐ剣心の脳裏にあの髪飾りをつけて笑う 薫が浮かんできた。 綺麗に、あの髪飾りが映えるだろう。 きっと喜んでくれる。 でも、自分にそんな好意の印を 贈る権利はあるのだろうか。 そんなことを考えていると、いつのまにか、神谷道場についていた。 縁側には、薫が座っていて、剣心におかえりと合図をする。 「―…考え事をしていてももう自然と足がここにむいてしまうでござるな」 薫の合図にただいま、と答えると、剣心の口からふと、独り言がこぼれる。 もう離れたくない。 そう強く感じながらも 剣心は薫の声が奪われたのは 自分のせいではないかという なんの根拠もない不安に、しばしば襲われるのであった。 自分には切実に彼女の、薫の存在が大きなものであると 今回のことでも身を切るように、思い知らされた。 「剣心」と自分の名を呼んでくれる、まだあどけない少女の存在は 彼女を危険にさらしたくないと思う心とは裏腹に どんどんと大きくなっていったのだ。 ―― 誰にだって人に言いたくない過去のひとつやふたつ…もってるわ。 一回りの年下の少女に何度、助けられたことか。 ―― 一緒に東京に帰ろうね。 もう死ぬと思ったとき、浮かんだのは彼女のあの言葉だった。 ―― それでも私は、剣心と一緒にいたい。 彼女の言葉に、心が震えた。 自分の中の何かが、溶け始めた気がした。 思い知らされたからこそ―… 大事に思いすぎるからこそ―… 剣心は、そのかんざしを手にとれなかった。 藍色が映えて、綺麗に輝くそのかんざしは、薫そのものだった。 剣心は、もう一度薫の方を見て 何かをかみ締めるように、「ただいま」と、そう口にした。 END |
暗いですね…今回は剣心が主役でした。「剣心」と自分の名前を呼んでくれるそんな大事な人の声がいきなり奪われてしまって困惑している彼です。これから事件が起こって色々と大変になっていきます。スローペースですがこれからも読んでくださると嬉しいです!感想とかあれば、BBSで聞かせてくださいねv 2004.6.13 up |