白きものに映えるは

 

紅い紅い彼岸花

 

 

その真紅は

 

 

心とは裏腹

 

 

まどろむその意識の中で、感じたのは

 

 

そう愛しきあの人の

 

 

『君の声が聞える〜第伍幕〜』

 

「涙」

 

 

「これでひとまずは…大丈夫よ。」

 

額に光る汗を拭って恵は、みなの方へ向き直った。

診療所の寝台には足に晒しを巻いて、横になっている薫の姿。

薫の瞳には幾筋にもわたった、涙の跡があった。

 

「良かった…。」

その長時間の治療にずっとつきそっていた皆もようやく、安堵のタメ息を漏らした。

 

「あとは、傷口を清潔にして、安静にすれば…時期に良くなるわ。」

ずっと立ちっぱなしの作業を続けていた恵は

ふっと崩れるように腰をおろした。

 

*

 

酷い流血だった。

足から赤い鮮血をぽたぽたと垂らして

左之助におぶられた薫を見た診療所に訪れていた人々は

皆、息を飲んだ。

桜に侵食する、彼岸花のように紅い紅い花。

弥彦も燕も、後から駆けつけたのだが

その痛々しさに、燕は泣き崩れてしまった。

 

付きっ切りで看病していた剣心も

睡眠もろくにとらずに部屋の隅でただ、何か思いつめたように

腰をおろしていた。

 

「薫…どうしてこんな目に…。」

 

弥彦も、普段は素直になれないが

薫を姉のように慕い、また師匠として認め、尊敬をしている。

驚きと困惑と押さえきれずに、そうつぶやいたままずっと床ばかりを見ている。

 

左之助は剣心の方をちらりと見てから

弥彦、と弥彦に声をかけた。

 

先ほどまで腰をおろしていた剣心が

左之助に向かって、首を横にふった。

 

「いや…左之。拙者から話そう。」

 

弥彦は、顔をあげて、剣心の方を見た。

何か…黒い影を見たように感じた。

 

剣心の話ではこうだ。

薫を集団で襲った、あの男達は

ある政府の高官が仕向けた刺客の下っ端だという。

幕末に自分が犯した悪どい所業を、

剣心にばらされるとまずいと思い

こうして手を打ったらしい。

 

署長さんが今全力を尽くして探しているが、

その高官が誰かということは、特定できていないらしい。

 

 

「なんだ…それ…薫はわるくね…」

 

『悪くねぇじゃねぇか』と、そう動こうとした口は

きゅっと、強く結ばれた。

 

ケンシンノセイデカオルハコンナメニ…。

 

否定しようもない事実だった。

悲しいことだが、事実は事実だった。

 

「……くそぉ……」

弥彦は拳を地面に殴りつけて

下をむいて、座り込んでしまった。

 

 

 

薫の傷は全部で二箇所。

1つは鉄砲による頬のかすり傷。

これは、たいしたことがなく、跡も残らないという。

もう1つは足である。

しばらくは片足で人の助けを借りて生活せねばならない。

当たり所が悪かったので、剣術にも悪い影響がでるやもしれない、と

恵は痛々しそうに言っていた。

 

「まじかよ…」

 

弥彦はさらに拳を握った。

正直、混乱していた。

姉のように慕っている薫を傷付けた原因は

悲しいことに、苦しいことに。

剣客として最高の憧れを抱く、その人なのだから。

どこにもむけられない憎しみと悲しみに、弥彦は戸惑い、

唇から血が出るほど唇を強くかんだ。

 

剣心はそんな弥彦を見て、心が凍って、麻痺していくのを感じた。

心が痛かった。

 

「すまぬが…左之助、弥彦…恵殿、それに燕殿、席をはずしてはくれぬか」

 

剣心は顔をあげて、そう言った。

今は弱き人を守るために剣を振るう剣心。

 

それでも、幕末(むかし)は…。

 

新時代を切り開く為とはいえ、多くの人の幸せを奪った、人斬り。

多くの人から恨まれる、人斬りだったのだ。

 

だが目をそらしてはならない事実であった。

今の剣心を知っている者からは、想像することも難しい事実だ。

彼の中の人斬り抜刀斎の断片を見たとしても。

剣心は、優しく、強く、誰よりも人を愛しているのだから。

 

そこに居合わせた皆は、皆、苦々しい顔をして

その戸口へと出て行った。

 

最後にその戸口に手をかけた左之助が後ろ姿のまま

「判断を誤るんじゃねぇぞ、剣心。」

 

と強く、がしかし、落ち着いた声で言った。

 

「すまぬな」

 

決して左之助の言葉に相づちを打たず

剣心は静かにそう言った。

彼の目元にはたった一筋の涙。

一度だけ頬を伝って、

薫の眠る寝台にぽつりと落ちて、しみこんだ。

 

「……」

もう一度だけ剣心の背中を見やって、

左之助は、ゆっくりと診療室の戸口を閉めた。

 


流浪人日和の夢月閏さんが挿絵を書いてくださりました!
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ぜひ遊びに行ってください♪


蒼紗さんが挿絵を書いてくださいました。ありがとうございます!

END

君の声が聞える第四章でした、いかがだったでしょうか?

大変お待たせいたしましたが…。

悲しみにくれる、恵、弥彦、左之助、燕、そして薫を思う全ての人々。

その悲しみが剣心の心の痛みとなって直接彼を痛めつけ、ぼろぼろにしてしまいます。

次回作も、どうぞお楽しみになさってください。

 

 

長編です。良かったら感想とかBBSで聞かせてくださいねv       2004.11.16 up

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