君の声が聞える:第七章『廻る運命』 |
君の声が聞える 第七章〜廻る運命〜 恵との会話の後。 薫は玄斎の治療を受け、2日後。
足の怪我は徐々に快方に向かい、
診療所から弥彦の肩を借りながら、
ようやく神谷道場への帰宅を許されていた。
薫が失ってしまった声は、 いまだに薫の元には返ってきていない。
退院の夜、剣心は診療所で薫を出迎えた。
頬には、撃たれたときのかすり傷が赤い線となっていまだ残り、
着物の裾から見える左足の膝から下には、びっしりと包帯が巻かれている。
足の痛みのせいで、食欲がないせいか、
薫は以前よりも少し、やせてしまったようだ。
薫は、自分の心の不安を悟られぬようにと、
にこりと剣心に笑いかける。 泣きはらした、その瞳はそのままで。
「さぁ、家に帰るでござるか。」
剣心は平静を装って弥彦にそう言って促し、
薫と弥彦の後ろから、神谷道場へと向かう道を歩いた。
足をひきずって、力なく歩く彼女を見て、
剣心は、心がさらに淀んでいくのを感じた。
冷静になど考えられなかった。 あんなに元気で快活としていた薫が、
自分のせいでまた、こんな目にあってしまったのだと
再び、いやがおうにも感じてしまう。
『自分はここにいていいのだろうか。』
その答えが、まさに今、出ようとしていた。
一人で賊に立ち向かったときにできた足の傷は
快方へは向かっているものの、 歩くのに支障が出るほど重症であり、
剣術などはとてもできるはずもなく、
薫は道場につくやいなや、 自室の布団で横になるのを余儀なくされてる。
薫が、道場に帰ってきたこの日。
この日が、二人の運命の日に成ることになる。
(…剣心) 白い手を、額にのせて、 寝ても覚めても、考えるは彼のこと。
彼は、また去ってしまうのだろうか。
自分には止める権利があるのか、彼の旅路への出発と、彼の思いを。
頭の中に、考えばかりが交錯して、
診療所にいた二日間、夜十分には眠っていなかった。
時が過ぎてしまうことへの 焦りを感じてか、答えを出せない自分に苛立ちを感じてか。
いつまでたっても、愛しい彼の名前さえも呼んであげられない
失った声をうらんでか。 月が綺麗なこの夜、いつも以上に寝つきが悪く、
薫はみつあみ姿の寝巻きのままに、起き上がった。
皮肉なほど綺麗な満月に、 目を細めて。 (私は、いったいどうすればいいの?)
薫は、何日も自問自答してきたことを、
また自らに問いかける。 心が痛む。泣きたくなる。 でも、ずっと逃げてきたから。 自分の気持ちと向き合うことを。
そして、きっと、剣心と向き合うことも。
【想いが、交錯する。その、強さのために。】 剣心は自室で、その月を見ていた。
恐ろしいほど綺麗な月に、照らされて。
今日に限って何故か、神谷道場に流れついた頃を思い出していた。
久しぶりの、暖かい布団で眠る夜。
誰かと供に食べる夕餉。 仲間と過ごした、かけがえのない時間たち。
「気がつけば、拙者のものが随分と増えたでござるな…」
自室を見渡してみれば、 だんだんと増えていった、自分の持ち物。
なけなしの銭で買った本。 薫が贈ってくれた、浴衣の帯。
いつのまにか、自分の湯飲みまでが、彼の部屋には存在するようになった。
自分は流浪人。 帰る場所を持たない根無し草のはずだった。
たまたま流れた東京で、出会ったかけがえのない者達。
そう、彼らに出会うまでは。 もし、許されるのなら。 守りたい。 失いたくない。 「……薫」 剣心は、あの時自分を死地から連れ戻した、彼女の
名前を呼んだ。 そばに、いたい。 「………。」 許されない。 巴を惨殺したあの夜から。 初めて、剣を人の血で汚した夜から。
自然、わかっていたことだ。 自分は、あまりにも多くの人を斬った。
新時代のためとはいえ。 私利私欲で動いたわけではなかったといえ。
自分の奪った幸せは、重すぎる、はかなすぎる、大切すぎる。
もう、誰が悲しむところを見たくない。
また心から大切だと思う人を失うくらいなら・・
「……もう、ここには…」 剣心は、支柱に寄りかかって、その逆刃刀に手をかける。
一緒にいても、この先彼女をまた必ず危険な目にあわせる。
今回だって、一時的とはいえ彼女の生きがいである剣術を奪った。
もう、何かを奪うのはたくさんだ。
すぐに、去るんだ。今、すぐに。
これ以上、迷わないように。 彼女が苦しまないように。 彼女が平穏で幸せな生活を送れるように。
彼女が、笑っていられるように。
「……薫殿」 彼女の、幸せを願うなら。 剣心は、彼の左頬に手をあてて、小さく何かつぶやいた。
【強く想いあう心は、その強さゆえに、迷うことを恐れて。】
薫は、自室の角に一人腰をおろしていた。
剣心が、ここに留まると決めたときは。
了承していた。 『いつまたどこに流れるかわからんよ。』
剣心の言葉、きちんと覚えている。
バタンと道場の戸が閉まったとき。
「あぁ、彼はいってしまったのだ」と。
思って、肩を落とした。 が、彼はそこにいた。 悲しみを隠した、薫が大好きな、いつもの笑顔で彼は微笑っていた。
あの晩から始まった。すべて。 両親を亡くしてから、もう一度家族を感じた日々。
もう一度、ひとめ会いたいと思って、
追いかけた、京都への旅。 追いかけたい。 何があっても。 たとえ危険な目にあっても。 彼の、そばにいたい。 それが、私の幸せだから。 (…剣心) それが、もしも彼の幸せになるんだったら。
(…私、やっぱり離れたくないよ…)
薫の頬に、今日何度目かの涙がつたっていた。
足を小さな手でかかえて。 私には、あなたの背負っている苦しみを、
全て理解することはできないかもしれないけど。
あなたの背負っている、罰の重さを
全部は、一緒に背負いきれないかもしれないけど。
私が、確実にできることは、唯一
あなたを、心から愛することぐらいだけど。
(剣心・・) もうとうに答えは出ていたのだ。
ずっと一緒にいたい。 どんな理由があっても。 もう一度、涙で揺れる月に瞳を移したとき。
薫の目は大きく見開かれえる。 涙が流れる。 彼女がその目に移したのは、 暗闇に浮かぶ、彼の緋色髪。 緋色髪は細く、悲しそうに揺れて。
狭い部屋の障子のすきまから映る、自分が見ていたのと同じ月を見上げている。
(剣心・・・?) 彼は少しずつ薫の部屋のあるほうに近づいて。
もう少しで彼女の部屋というときに
ゆらりとその場に立ちすくんだ。
「今までありがとう。直接、言うことができなくてすまない」
そう言う彼の影は小さくて、悲しげで、はかなげで。
湿った風に乗って、彼の小さな声がかろうじて薫の耳に届く。
思い出すのは、あの日。 そう、蛍だけが二人を見ていた、五月十四日。
少し困ったような笑顔で彼に別れを告げられた日。
今もあんなに悲しくて、愛おしい表情をしているのだろうか、と
薫は体が凍り付いていくのを感じる。
「さようなら。今も・・・い・・・り・・た・」
吹いた風に、語尾がかすれて薫の耳には届かない。
が、くるりと赤い着物をひるがえし
一歩、神谷道場とは反対へと歩を歩める彼を、薫は感じた。
(…行って、しまうの? ) 体が震える。一番愛しい人を失う怖さに。
薫の、剣心を求める手は、宙をきる。
何度も何度も宙をきる。 赤い髪の彼は、月を見て、一瞬うつむいて。
神谷道場とは、反対のほうへ。 一歩、そしてまた一歩、歩みを進める。
後ろ髪をひかれながら。 それでも苦しみながら、また一歩。
(…もう振り返れない ) 剣心は一歩進むたび、自分の心の中が
斬られるような痛みを感じていた。
この痛みを知っているのが、今日見上げたあの月だけだということだけが
自分の心を慰めてくれるような気がする。
さようなら。 俺に、二度も帰る場所をくれた人。
さようなら。 今でも一番大切な人。 ありがとう。 直接言えない、臆病になってしまった俺を、
君は笑うだろうか。 それとも、泣くだろうか、怒るだろうか。
(…泣いてくれるでござろうか。)
人斬りと恐れられた彼の目にもうっすらと
月のしずくのような、雨粒がひとつ。
そして、彼のしずくに誘われるようにしてポツポツと、雨が降る。
(…これでいいの?薫 ) 薫は振り出した雨に濡れて、一歩一歩、
あの時よりも弱弱しく、でも確実に歩を進める彼を
震える瞳で追いながら。 走馬灯のように、今までの思い出が流れる。
多くの苦難があった。でもそこには必ず大切な仲間がいた。
今も支えてくれる、かけがえのない仲間たちがいた。
そして柔らかく笑う、彼も。 仲間たちが集う、おだやかな情景から、
ふっと赤い髪の剣客が姿を消す。
まるでそこに初めからいなかったかのように。
(ダメ) 最後まであきらめられなかった強い気持ちが
彼女の怪我をしたその足を、動かしていた。
(このままじゃ・・ダメ) 答えは決まっていた。 もう、迷わない。 あなたがこんな決心をするまで 本当の気持ちを言えないで、 あなたに本当の気持ち、全てぶつけることができなくて
心配させて、ごめんね。 (…間に合って…!) 草鞋を履いている暇なんてない。
薫は、裸足で小雨の庭を彼が消えていったほうへ
走り出す。 小さな石たちが、彼女の足を傷つける。
でも、薫はそれすらいとわない。
ただただ、彼が消えていったあの路地へ。
あの時、蛍が舞っていたあの場所へ。
ひたすらに、その歩をすすめた。
END |
★あとがき★ はい。第七章でした! いかがでしたでしょうか? かなり更新の間が開いてしまいましたが 開いた分だけがんばって推敲ました(^^; あまりにも長くなってしまいましたので 最終回を二分割することにしました^^ 掲示板・メール・web拍手などで ご感想お願いいたします★☆ 2005年5月20日 風花庵@美咲 |
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