*…それはきっと二人が…*

 

本当のことが言えないわたし

 

本当のことを言ってくれないあなた

 

昔から一緒の二人

 

大人になったあなた

 

大人になりきれない私

 

 

「燕ちゃん、悪いけど水汲んできてくれへん?」

 

「あ…はい、分かりました」

 

カラカラ…。

 

井戸を引く音がすっかり耳に馴染んだ。

私が赤べこへやってきてから、早5年。

 

カラカラ …。

 

昔は重くて震えた井戸の重みも

今はなんとか一人で支えられるようになった。

 

カシャリ。

 

そして、途中から軽くなる重みにも慣れ始めていた。

 

「一人じゃ重いだろ」

 

いつも同じ決まり文句と

無愛想な横顔は、いつも片方の手で加勢する。

 

「ありがとう」

 

カシャリ。

 

俯いて言っていたありがとうも

今では目を見て言えるようになったの。

 

「…あぁ」

 

カシャリ。

 

最近何だか急に背が伸びて大人になってしまったようなあなた。

そんな弥彦くんを見ていると

私どんどん置いていかれちゃう気がする。

 

置いていかないで、って無意識に思ってる。

なんだか最近あなたが遠い存在のような気がして。

不安になってしまって…。

 

「ほら、あとは持っていってやるから先行ってろ。」

 

ほら。そうやって弥彦くんはすぐ私から離れていってしまう。

もっとずっと居たいのに。

一緒に居たいのに。ねぇ、弥彦くんは違うの?

聞きたいのに、聞けないの。

もっと一緒に居て欲しいのに。

 

「う、うん…ごめんね弥彦くん」

 

小走りで二人きりの空間を壊すのはいつも私。

もしかして私が先に行かなければ

弥彦くんは嬉しいのかな?

 

そんな甘い思想も最近では苦いだけになってきて。

ねぇ、弥彦くんはそうは思わないのかな?

 

「ほら、妙が呼んでるぞ」

 

「うん」

返事だけは一人前にしてみたけれど

今日は何だか足が走らない。

いつもは苦い思想が今日はちょっとだけ

甘いのはさっきちょっと手が触れたからかな?

 

「燕?どっか調子でもわりぃのか?」

 

いつまでも動こうとしないで俯いてる私に

何だか優しい言葉。

 

こんなことで嬉しいのって

やっぱりまだ子供の証拠なのかな?私。

 

「え、そんなことないよ?大丈夫だよ」

 

 

「お前はちょっと休んでろ。今妙に言ってくるから」

 

私を縁側に座らせて

私が持っていくはずだった

重たい桶を軽々と二つ持っている

弥彦くんの後ろ姿。

ずっと見てきた後ろ姿。

 

 

「大丈夫なのに…」

 

弥彦くんが膝にかけてくれたあったかい膝掛けを

いじりながらつぶやいて。

 

遠くから見てまた思う。また背が伸びたんだね?

もう妙さんとあんまり身長が変わらないもの。

 

「あれ…?」

 

変なの、出会った頃の弥彦くんが重なって見える。

 

あぁ、そうか。

今日は弥彦くんと初めて会った日…だったよね。

ずっと覚えているのは

私だけなのかな?

 

「燕」

 

いきなり低い声で名前を呼ばれてドキッとして顔を上げた。

「弥彦くん」

 

「お前はもうあがっていいってさ。ゆっくり休んどけ」

 

「大丈夫、私。ごめんなさい、さっきはちょっとボーッとしちゃってて」

 

座っている私と立っている弥彦くん

あぁ 何だか今日はやっぱり

昔から変わらないあのころの弥彦くんが見える

 

一人だけ大人になっちゃった弥彦くんが

私の前にいる

 

「いいんだよお前はいつも働いてるから。休んだってバチ当たりはしねぇよ」

 

「うん…」

 

ほら、と促すように私の背中をぽんっと叩く弥彦くん。

それなのに私は弥彦くんの顔を見上げて。

 

「弥彦くん…」

 

あれ?なんか私変だね

最近不安なことが続いたからかな?

あったかい涙が頬をつたって握っていた手の甲にぽつんと落ちた。

 

「え…?なんで涙っ…」

 

弥彦くんが他の女の子と仲良さそうに喋っているの見たからかな

 

それとも弥彦くんがいきなりかっこよくなっちゃったからかな

 

「おい?燕お前っ…どーしたんだ?」

 

私の顔に気づいて弥彦くんは着物で私の顔を拭う

ちょっと困った顔でちょっとだけ乱暴に。

 

「あ…ごめ…」

 

ごめんって言おうとしても

なかなか口に出せなかった

何でこんなに涙が出ちゃうのかな

 

ふわり。

弥彦くんの着物が手に触れる

 

「あーっもう泣くなって…どうした?なんかあったのか?」

 

そう言いながら私の頭にそっと手を置いて

ポンポンって頭を撫でる。

 

「なんでも…ないは…ずなんだけどっ…」

 

上手く言葉を繋げない。

もう何年も弥彦くんの前では泣いたことなかったのに…

 

「…………。」

 

弥彦くん

弥彦くん

一人だけ大人にならないで私を置いて行かないで

 

心の中では言えるのに

弥彦くんには言えないよ

こんなワガママ

 

私のことどう思っているの

あの子と私は違わないの

 

私って子供だよねまたこんなこと考えたりして

 

「なぁ…燕」

 

なんでもないはずの涙も

そろそろおさまってきた頃

弥彦くんは私の顔を覗きこんで言った。

 

「な…に?」

 

「今日の五年前さ…俺達此処で初めてあったんだよな」

 

はっとして顔をあげた私の涙のあとを拭いながら

弥彦くんは少しだけはにかんだ。

 

「あんときのお前はホント…泣き虫で…」

 

手をぱっと離していじわるな目で私を見て。

 

「でも最近はそうじゃなかったよな…どうした?俺には言えないことか…?」

 

弥彦くんは私がびっくりして目をまんまるにすると

照れ隠しかもしれないけど

くるっと私に背を向けた。

 

ふっと笑みがこぼれる。

ありがとう、弥彦くん…

 

「ううん…言ってもいい?」

 

「…当たり前だろ?」

 

照れた背中がぶっきらぼうに言った。

ふわり。

不安は少しだけ消えていった。

特別だ、って弥彦くんから言ってもらえなくてもいい。

だって弥彦くんの優しさから今それを感じられるから。

それにきっと弥彦くんは…きっと。

 

「あのね…私が泣いてたのはきっと…」

 

 

きっと……。

そう、きっとそう。最初の涙は違っても弥彦くんに

拭ってもらった涙の理由はきっと。

5年前に芽生えたこの優しい気持ちと一緒の理由だと思うから…。

 

 

「…だから………」

 

息を思いっきりに吸って

その理由を私が口にしたあと弥彦くんは

今まで見たことがないような素敵な顔をした。

 

 

芽生えたこの優しい気持ちが

永遠に続くかもしれなくなったの

私達が出会ったこの場所で…。

 

 

しょうじょのこいは

ふたりがおさないときのおもいでのあわいにおいを

のこしてあいへとかわっていく

 

「大好き」

「ありがとう」

 

燕ちゃんと弥彦が少しずつ恋愛というものを意識していきます。この二人も好きデス。

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