*…二人の想い…*

二人の想い

 

春うららかな四月、剣心に薫は長崎へ船旅をするため、横浜港へと急いでいた。
 
「剣心、急いで。船がでてしまうわ」
 
旅道具の八割を持たされている剣心は息を切らしながら、
薫の大声に頷くのがやっとであった。その甲斐あってか、
二人は何とか定刻通りの船に乗ることが出来たのだが、薫は不機嫌であった。
 
「いかがしたでござるか、薫殿」
「別に」
 
薫の表情を見ている限りとても別段なにもないという風には見えなかった。
 
「あまり機嫌がいいとは思えぬのだが」
「あら、そんな風に見える。そうだとしたらこの部屋の所為かしら」
 
どうやら薫は自分たちが宿泊することになる部屋
つまりは参等船室に怒っているようであった。
確かにお世辞にも豪華とは言いがたく、まるでボロ家のようであった。
 
「仕方ないでござるよ、所詮参等船室。壱等船室とは訳が違うでござる」
「でも広告には豪華って載ってたじゃない、もう本当やになっちゃうわ」
 
だったら旅行社にあんなに値切らせなければ良かったではないか、
という言葉を飲み込んで、唯頷くだけにした。
ここはひとまず薫の機嫌をとるのが得策、と剣心は感じた。
 
「せっかくの船旅、海風にもあたるでござるよ」
そういって、剣心は薫と海風にあたることにした。
「気持ちいいわ、本当に来てよかったわ。ねっ剣心そうでしょう」
 
全くさっきとは言ってることが違うではないかと思いつつ、
そうでござるなと答える剣心であった。
二人が海風に暫らくあたっている時であった、一人の男が蹲っているのが見え、
薫がその男の傍へと近寄っていった。
 
「どうかしましたか」
そう訊ね、男が答えようとした前に薫がまた口を開いた。
「せ、征之進さん?」
「私の名をどうして?」
「私よ、神谷薫。まだ小さいころよく遊んだ」
「あぁ薫さんか、全く気づかなかったよ。すっかり綺麗になって、みちがえるようだよ」
「やだ、もう。お上手なんだから」
 
それにしては顔が緩みきっている薫の横顔をみながら剣心は
二人が幼馴染であったのを悟った。
 
「それはそうと、お体でも悪いの?蹲ってたけど」
「なに、少し酔っただけだよ。でももう大丈夫。
薫さんの顔を見たら酔いもふきとんだよ」
「まあ、うれしいわ」
 
世辞のうまい男だと剣心は思った。
「ところで薫さん、あの御方は?」
ようやく剣心の存在に気づいたらしい。薫が手招きしている。
「剣心、緋村剣心よ」
「緋村です。神谷道場に身を寄せています」
「初めまして、豊田征之進です。私、壱等船室に泊まっているので
良かったら遊びに来てください」
「まあ、壱等船室」
 
薫の目に輝きが増すのが感じられた。征之進がそうつげて、
ではと言って自分の部屋へと戻っていた。
二人も自分たちの部屋へと戻ることにした。
 
「薫殿、あの征之進殿とは幼馴染でござったか」
部屋で剣心は思わず訊ねた。
 
「そうよ、よく一緒に遊んだのよ。でも征之進さんたら
幼いときは泣き虫さんで、同じくらいの男の子にいじめられては、
私が庇ってあげたの」
「それは、薫殿らしい」
「どういう意味よ」
「あ、いややさしいところがでござるよ」
「まあいいわ、私、征之進さんの部屋に行くから。剣心はここにいてね」
「えっ、今からでござるか?それは迷惑というものではござらぬか」
「どうしてよ、遊びに来てくれって言ってたじゃない」
「しかし…」
「兎に角、泥棒にでも入られたら困るから剣心はここ
で大人しくお留守番してて、いいわね」
 
有無をも言わせぬ態度で、薫はいそいそと言ってし
まった。一人取り残された剣心は寂しさを感じた。
 
(二人は今ごろ仲良くやっているのだろうか)
 
薫と征之進の仲睦まじい姿が目に浮かぶようであった。
それと同時に言い知れぬ不快感を感じた。
(俺は妬いているのか?)
 
ベッドで横たわりながら、剣心はそんな思いにとらわれていた。
その頃薫は征之進と仲良くやっていた。
「しかし本当に久しぶりだなあ、こんな所で会えるなんて」
「そうね、何かの縁かもしれないわね」
「さっきの緋村さんは、薫さんの恋人かい」
「そっ、そんなんじゃないわよ。ただの居候よ」
 
真っ赤になりながら薫は否定した。
 
「良かった」
 
えっ、と薫は感じた。何が良かったの、私に恋人がいなかったことに?
 
「ところで、征之進さんも御旅行?」
「えっ、あぁ、まあそんなところだよ」
 
(どうしたんだろう?やけに歯切れが悪いわ)
 
薫はそんな風に感じた。それから二人は話す会話もなく黙り込んでしまった。
いや本当は話したいことが一杯あった。
でもそれを聞けば何か怖いことになるような感じが薫にはした。
薫は剣心が待ってるから、と言って部屋を出て行った。
その時の征之進の表情がこの上なく寂しさを醸し出していたのを薫は気付いただろうか…
薫が部屋に戻ると剣心が、お帰り、といった。
 
「ただいま」
「楽しかったでござるか」
「どうして?」
「いや気になったでござる」
 
どうしてはっきり、もっと強く訊ねてくれないの?
どうして征之進さんのところに行くときにもっと強くとめてくれなかったの?
などと八つ当たりを承知で薫は理不尽な思いを抱いていた。
夕食の時間になった。剣心と薫は食堂へ向かった。
薫は思わず征之進の姿を探したが、見つけることは出来なかった。
少し落胆したような顔をした薫を剣心は見逃さなかった。
夕食も終わり部屋へ戻る道すがら、薫は売店で新聞を買った。
東京日日新聞、いつも薫が愛読している新聞だ。
部屋で薫はじっくりその新聞を読んでいたので、
 
剣心は自分のと一緒に薫の風呂支度もしていたときであった。
薫のかすかな呻き声のようなものを
剣心は聞いた。剣心は薫が新聞の記事の一点に集中しているのを悟った。
そんな剣心を薫が察したのか、いそいで自分の読んでいた記事を隠すようにし
て買ってきたばかりの新聞を丸めて捨てた。
 
「何にも事件がなくてつまらないわね、あっ剣心、私
用事を思い出したから先にお風呂いってて」
 
それだけ言うと急いで部屋から出て行ってしまった。
おかしい、と剣心は感じた。何かあると。それは新聞に何かありそうだと思い、
たった今薫が丸めた新聞を広げて薫の読んでいた記事に目を落とした。
 
(こっ、これは)
 
「ちょっといいかしら?」
ドアをノックした音に気付いて、ドアを開けた征之進に薫はそう声をかけた。
「ああ、薫さんか。どうぞ、ちらかってるけど」
征之進に促されて椅子に座った薫が口を開いた。
「新聞読んだわ」
たったそれだけの言葉だった。だが征之進はそれだけ聞くと、
全てを察した顔になった。
 
「そうか」
「あなたの名前が載ってたわ。内務官僚が二萬円も持ち逃げしたってね。
どうして横領なんかしたの」
「人生をやり直したかった」
「どういうこと」
「俺は官僚といっても所詮は宮仕えの身だ。
だがもうそれには嫌気が差したんだ。だから…」
 
「だから、金をくすねたっていうの」
「俺は長崎でもう一度人生をやり直そうと思っている
んだ。一緒に、一緒についてきてくれないか」
 
思いもかけぬ告白に薫はいささか戸惑っていた。
 
「駄目か、俺のことは嫌いか」
「そうじゃないわ」
「緋村さんに悪い、からか」
 
薫は内心、ドキッとした。まるで自分の全てを見透かされているような気がした。
いや気のせいなんかではない。事実なのだ。
 
「あなた、自分が何をしたか分かっているの。あなたは金を、それも多額の金を持ち
逃げしたのよ。そんな人がどうして人生をやり直せるのよ」
 
薫は所謂正論を吐いた。しかしこれは世間一般で認識されるであろう正論であり、
薫にとってはただの言い訳にすぎなかった。
なぜ正論じみた言い訳をしなければならなかったのか。
それはひとえに剣心の為であった。
なぜ剣心の為に私が言い訳しなくちゃいけないの、と薫は一人感じていた。
 
「緋村さんのこと、愛しているのだろう」
征之進がそうつぶやいたのを聞いた薫は我に返った。
(私には剣心しかいない…)
薫は無言で征之進の部屋をあとにした。
薫が部屋に戻ると、剣心が声をかけてきた。
「薫殿」
剣心の手には薫が捨てたはずの新聞が握られていた。
「剣心…」
 
それだけ言うと薫は一人ベットに座り、物思いに耽っていた。
剣心はいたたまれなくなり部屋を出た。
剣心がデッキで煙草を吸っている征之進を見かけ、傍へ寄って行った。
「緋村さんか」
「薫殿は苦しんでおられる。お主のことでな。お主が
何をしようとも拙者には関係ない。
それを責めるつもりもない。だがな薫殿を苦しめることだけは許さん。
薫殿、いや薫は俺にとってこの命よりも大事なひとなのだ。
薫の為なら俺は死ぬこともできる。その薫を苦しめるようなことあらばたとえ
誰であろうと俺がこの手で…」
 
そのときであった。剣心が人影を感じたので振り向くと、薫がいた。
(今の話、全て聞かれたか)
そう思ったのか、思わず声をかけた。
「薫殿」
薫はそれには答えず走り去ってしまった。
その夜、薫はあまり寝付けなかった。最もそれは剣心とて同じことであった。
翌朝、船は長崎に着き剣心一行は陸へ上陸することになった。
そこには征之進の姿もあった。
征之進が陸へ上陸した瞬間だった。警官隊が一斉に征之進を取り囲んだ。
おそらく東京警視庁から捜査要請を受けたのであろう。
その警官隊の上役とも思しき人物が征之進の前に立ちはだかった。
 
「豊田征之進だな」
 
そう言い、その警官は逮捕令状をかかげ部下に手錠をかけるよう目配せした。
手錠をかけられた征之進が連行される間際のことだった。薫が叫んだ。
「待って」
警官隊が薫の方を振り向き、そして征之進に尋ねた。
「お前の知り合いか」
征之進が薫を一瞥し、一呼吸置いてから静かに答えた。
「あんな女は知りませんよ」
それだけだった。再び連行されていく征之進を眺めながら、
薫の瞳から大粒の泪が頬へと伝わっていった。
そんな薫を思ってか剣心は薫を抱きしめた。
(この俺がずっと薫のことを…)
(私にはやはり剣心しかいない)
交錯する二人の想い…
[了]

                   END

 まさしさんから頂きました小説です!まさしさんupが少々遅れてしまいまして申し訳御座いませんでした。完全オリジナルストーリーでオリジナルキャラも登場していてとても魅力的な小説でしたvなんというか、大人っぽい小説でしたね。美咲にはかけませんです〜(><)本当に有難う御座いました!                                 2002.5.5up

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