初めての冬 |
初めての冬
浅草近くの牛鍋屋『赤べこ』の戸が、音も微かに開き、中から一人の少女が
あどけない顔を出した。 「わぁ…綺麗…」 彼女が、戸と柱に添えてあった両手を、そっと外へ出してみると、白い手の 平にはさらに白い宝石が、僅かな時間だけそこにあった。 「燕ちゃん、早う閉めて。店の中、寒くなるさかい」 店主の娘・妙は寒がりらしく、店の奥から少女に呼びかけている。 「はい…でも…」 「どないしたん?」 名残惜しそうに外を眺めていた燕は、奥にいる妙に振り返り、少女らしい笑 顔を見せた。 「すごく綺麗ですよ、雪…」 燕に誘われ、妙も顔を出す。いくら寒がりでも、初雪はやはり気分が違う。 「まぁ…ほんに…。道理で、冷えるわけやなぁ」 けど、と妙は己の躯を包むようにして首を竦める。 「やっぱり寒いわ」 寒さを凌ぐように奥に下がり、燕に声をかける。 「燕ちゃん、風邪ひかんようにね」 妙の気遣いに笑顔で応え、外へ出て、雪がまっすぐ降りてくる空を見上げる。 ―もう、冬なんだ…。みんな暖かくしてるかな…? 燕が知り合った大好きな人たちの、優しい笑顔が小さな胸の奥に浮かぶ。 ―弥彦君は、雪好きかな? もうじき弥彦が日雇いにやってくる時間だ。彼はきっと、頭の上に雪を乗せ たまま、走ってくるに違いない。 ―今日は、このまま弥彦君を待ってみよう。 燕は微笑んでまた空を見上げ、彼の姿を待ちわびていた。 その頃、弥彦は『赤べこ』へと向かって走っていた。 予想より稽古が長引いた。あれから、薫の稽古も以前よりずっと厳しくなっている。 ―けど、やりがいがあるからいいや。 薫も剣心も、弥彦が頼めばいくらでも相手をしてくれる。それが弥彦には嬉 しくて、つい夢中になって他の事を忘れてしまう。 ―約束の時間に遅れちまう。 妙も燕も多少のことでは何も言わないが、それでも甘える訳にはいかない。 ―約束は約束だ。いい加減なことはしたくない。 どんな小さな約束でも、余程のことがない限り守らないと気が済まない。 弥彦には、そういうところがあった。 空を見上げたまま、弥彦のやってくる様を想像してくすりと笑った燕に、ど こからか呼びかける声が聞こえる。 燕がそちらへ振り向くと、予想通り、明神弥彦は愛用の竹刀を背負い、駆けてきた。 「何やってんだ、お前。冷えるぞ」 上がった息で弥彦は呆れたように言ったが、確かに弥彦の吐く息は白く、冷 え込んできたことを証明していた。 気がつけば、往来の人々の流れも随分減ってきていた。 「うん、今…雪を見てたの。ほら、綺麗だよ、すごく」 「雪?」 微笑んで空を見上げる燕につられて、弥彦も視線を上に向けた。 「ほんとだ…」 しばらく降りてくる雪を眺めてから燕に目を戻すと、彼女はまだ、あどけな い澄んだ瞳を向けている。その横顔に、弥彦のまっすぐな瞳は吸い込ま れそうになる。 ―雪も確かに綺麗だけど、さ…。 「おい、もう入るぞ。わっ、お前、手冷たいじゃねぇかよ」 自分の中の想いに恥ずかしくなったのか、弥彦は半ばぶっきらぼうに燕の手 を握る。その頬は、寒さの所為か、それとも違う何かの所為なのか、少し赤い。 不意に手を握られた燕は驚いたが、暖かい手で促す弥彦の視線に柔らかい笑顔を返した。 「気持ちは暖かいから、大丈夫だよ」 微笑んだ燕は、弥彦の手を微かに力を込めて握り返す。 「弥彦君。空って、素敵だね」 再び視線を上に向け、もう片方の手で空を指差して燕は呟いた。 「へ…?」 だって、と燕は視線を弥彦に戻し、中へ入ろうと戸口へ手をかけた彼の、呆 気に取られた表情に笑いながら言った。 「私たちに、いろんな贈り物をくれるよ?素敵だと思わない?」 穏やかな表情を浮かべた弥彦は、そうだな、と戸口にかけた手を離し、彼女 の頭に軽く乗せる。 二人は互いの視線を感じ、微笑んだ。 ―コイツの言う通り、気持ちが暖かいと、寒さもあまり感じないや。 二人が出逢ってから、初めて一緒に迎える季節。これから先もずっと、彼女 となら乗り越えられる、そんな気持ちになる。 彼女も同じ想いを抱いているだろうか。 「さ、仕事だ。今日も頑張らなきゃな」 弥彦は、鼻の下をこすって微笑んだ。 うん、と元気良く返事をした燕は、その後小さくくしゃみをした。 「だから風邪ひく、って言ったろ?」 ほら見ろ、と言わんばかりの弥彦に、大丈夫、と燕は言い張る。 ―この手があれば、元気になれるから…。 雪は止む気配はなく、通りはどんどん白く染まっていく。 この分なら、今夜は積もるかもしれない。 ―でも…きっと今年は暖かい…― ―了― |
みお様に頂きました! みお様が過去に開いていらっしゃったサイトに美咲はかなり 通っていてみお様の大ファンだったのです。 …今も変わらずファンですが!もちろん! その素晴らしい作品の中でもこの初めての冬シリーズ、 大好きでした! 剣心と薫、弥彦と燕、左之助と恵の三種類があるのですが 剣心と薫バージョンは、みお様が巴さんのことをお知りになる前に お書きになったものということで、弥彦と燕、左之助と恵の2バージョンを 頂きました。 左之助と恵verにつきましては、普通にアップさせて頂きますv 本当に本当に有難うございます。 感謝の気持ちにいっぱいです。 有難うございました♪ 【2004年四周年企画お祝い品として】2004・11・13 |