撫子さん作 |
流れゆく時代(とき)の中で ドクン ドクン ドクン ・・・ ・・・ 見たことがある・・・・・・ あの緋い髪・・・ それから・・・ あの、左頬の大きな十字傷・・・・・・ 確かに・・・見たことが、あるぞ・・・・・・ ・・・そう、あれは・・・幕末(むかし)の京都で・・・ 血の海と共に・・・・・・ ドクン ドクン ドクン ・・・ ・・・ ――――――『緋村 抜刀斎』・・・・!!!!! 「妙さぁ〜んっ!お勘定、お願いしますっ!」 俺はその声に背を向けていた。 が、透き通るような声が心に響き、思わず微笑みが零れた。 「あら、もう帰りはるん?」 「うん、すごく美味しかったわ、妙さん」 「そうどすか?そないなこと言われたら、嬉しゅうおすわぁ。 ほな、また食べに来ておくれやす。剣心はんも。」 「また来るでござるよ。」 そう言って、俺の傍を藍色の髪の少女と緋色の髪の剣客が通った。 「薫ちゃん、忘れもんやっ!」 店主の娘が少女を呼んだ。 2人が振り返る。 ――――――!!!!!????? あの、十字傷・・・!!?? ドクン ドクン ドクン ・・・ 俺の見間違いじゃなけりゃ、ありゃ「緋村 抜刀斎」!! いや、「人斬り抜刀斎」・・・ しかし、あいつはあんなに穏やかに微笑うことはなかった。 違う奴か・・・?いや、そんな事はない・・・。 「ありがとう、妙さん。じゃ、また!」 2人が店を出て行く音に、はっと気が付いた。 「おい、お姉ちゃん!勘定だっ!!」 妙と呼ばれていた店主の娘がすぐにやって来る。 「はいはい、いやもう“お姉ちゃん”やなんて嬉しいわぁ。 お勘定ですね。ちょっと待っておくれやす。」 「先刻の2人って、赤べこ(ここ)の常連かい?」 「先刻の2人・・・?あぁっ!薫ちゃんと緋村はんどすか? えぇ、もう2人とも仲良く、よぅご贔屓してもろて・・・・」 「緋村―――っ!?緋村ってのか?あの剣客!」 「えぇ、そうどすけど・・・。あっ、お客さん、お勘定!!」 “緋村”。その名を聞き、俺は勘定も忘れて、店を飛び出して行きかけた。 「ありがとうございました。またお越しやす。」 ちゃんと勘定を払って、店を飛び出す。 あの2人の姿をキョロキョロと探していると、 ずいぶん向こうに、緋い髪と藍色の髪が仲良く揺れているのを見つけ、 俺は走り出した。 「緋村――――っ。」 小さく呟いた。 「緋村っ・・・!!」 やっとの事で、2人の近くまで追いつき、俺は掠れた声でその名を呼んだ。 気付かなかったのだろう。2人は振り返らず、歩き続ける。 「緋村っっ・・・・!!抜刀斎っっっ!!!!!」 今度は大きな声で呼んだ。 その一瞬、2人は立ち止まった。 良かった。聞こえたんだ・・・。 だが、ほっとしたのも束の間。俺は冷や汗をかくことになった。 不安そうな表情(かお)の少女を背に隠し、緋村が刀に手をかけ、構えている。 「誰・・・でござる、お主・・・。」 低い声で俺を見据える。 俺は一瞬身体がすくんだ。 しかし、それは一瞬のことで、当然俺は慌てた。 「ちょっ、ちょっと待て!落ち着け、緋村っ!! 俺だっ!片倉だっっ!!」 「片・・・倉さん・・・?」 緋村の緊張が解けてゆく。 刀からの手が下ろされた。 少女が不安そうに顔を出す。 「剣・・・・心?」 緋村が微笑む。 「お久しぶりです、片倉さん。」 はぁ・・・。良かった。 これで斬られずに済んだ。 俺は落ち着かない様子でキョロキョロしていた。 「片倉さん。はい、どうぞ。熱いんで、気を付けて下さい。」 緋村がお茶を持って、部屋に入ってくる。 「こんな所ではなんだから・・・」と言われ、 着いた先が、ここ神谷道場というところであった。 居間に通されたものの、緋村は茶の用意をすると言って、 席を立つものだから、落ち着かなかった・・・というわけだった。 それに、もう一つ、気になってることが・・・。 「おい、緋村。その・・・」 緋村の隣を見遣る。 「その・・・美しい少女は、コレかい?」 俺は小指を立てて見せた。 すると、緋村が茹でダコのように首まで真っ赤になった。 隣の少女もだが、俺は緋村の表情(かお)に驚いた。 抜刀斎だった奴が、こんなに真っ赤に・・・。 「片倉さん」 漸く緋村が口を開いた。 「あの・・・その・・・か、彼女は、神谷 薫殿といって、 その・・・今度、祝言を挙げる予定でござる。」 そう言って真っ赤になりながらも、嬉しそうに微笑んだ。 幕末(むかし)はこいつ、微笑むなんてこたぁしなかったのに・・・。 「神谷 薫と申します。」 女の色香が見え隠れするが、少女の名残りがまだまだ残る、薫という少女が 頭を下げた。 慌てて、俺も頭を下げる。 「薫殿。こちら、片倉 伸介殿といって、元長州派維新志士でござる。」 「片倉と申します。」 緋村の紹介にまた、頭を下げた。 「あ、だから“抜刀斎”のことを知って・・・。」 「そうでござるな。」 緋村が少女に微笑む。 柔らかく、暖かい微笑み――――。 俺に向ける微笑み(もの)とは違っていた。 「片倉殿。明治(いま)は何をしてるでござる?」 「今か?今は、女房や子供たちと一緒に居酒屋やってんだよっ、隣町でな! お前、今度、そのお嬢ちゃん連れて店来いよっ!」 緋村の隣で、酔いつぶれて寝ている少女の方に目を遣った。 久しぶりに会ったのだからと、景気付けに飲んだはいいが、 どうやら少女は酒に弱いらしい。 少女の横にも目がいく。 「そういうお前は・・・まだ戦ってんのか?」 緋村と少女の間には、刀――――。 緋村が一瞬置いて、答えた。 「・・・・ええ。」 「何と戦ってんだよ?この新時代に。」 素朴な疑問だった。 緋村は猪口を置き、刀を持った。 「新時代とはいえ、まだまだ苦しんでいる人だっているんです。 だから俺は・・・」 口調が変わっていた。 緋村が刀を鞘から抜く。 俺は目を見張った。 抜いた刀は・・・逆刃刀――――――――――!!!!!! 「だから俺は・・・・この逆刃刀、一本ででも、 今一番大切な人と、仲間と、そしてこの目に映る全ての人々の笑顔を 守るために、戦い続けるんです。」 俺は暫く声も出なかった。 あの・・・冷酷無比といわれた、“人斬り抜刀斎”が・・・・。 「何か変わったな・・・。」 ぽつりと呟いた言葉に、緋村は微笑みを返した。 「何も変わっちゃいませんよ。 確かに俺は“人斬り”から“流浪人”に変わりましたが、 戦う理由は何一つ変わっちゃいませんよ。」 そういえば・・・と、俺はふと思い出した。 桂先生が言ってたなぁ・・・・。 緋村(あいつ)は、 “自分の汚れた血刀と犠牲になった命の向こうに誰もが 安心して暮らせる「新時代」があるなら” と言って、人斬りの任を引き受けた、と――――――――――。 「俺は今まで、時代が変われば人も変わる・・・と、そう思っていました。 でも、変わらない気持ち(もの)もあるんだ、ってことを・・・ 彼女に教えられましたよ。」 緋村が、隣ですやすや寝ている少女に微笑みつつ、目を向ける。 まだまだ幼さが残る少女なのに、どこか強いものを感じてならない。 「そうか・・・。」 俺はそう言って、そろそろ帰るかな、とゆっくり立ち上がった。 「緋村、一つだけ聞きたいことがあるんだが・・・。」 玄関まで見送りに来た緋村に問い掛けた。 「何ですか?」 「お前、今、幸せか?」 そう、これだけは確かめたい。 真剣な眼差しで俺は尋ねた。 突然の質問に緋村は一瞬、戸惑っていたが、 すぐに笑顔を見せ、答えた。 「はい。」 真っ直ぐな目で俺を見る。 そして、今まで見たことのない幸せそうな笑顔を顔面いっぱいに浮かべた。 そんな緋村を見て、俺も微笑った。 「そうか。・・・なら、あのお嬢ちゃんを一生大事にするこったな。」 「言われなくてもそうするつもりですよ。」 緋村も微笑む。 「・・・じゃぁな。お嬢ちゃんにもよろしく伝えてくれ。」 右手を上げ、緋村に背を向けて歩き出す。 「分かったでござるよ。片倉さんの気をつけて帰るでござる。」 緋村の“ござる”口調に、笑いを漏らしつつ、 上げた右手を振って答えた。 桂先生。 緋村はもう大丈夫ですよ。―――――― 呟いて、輝く星を見る。 一つ、星が一層キレイに光った気がした・・・・・・・。
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撫子さんから頂きました♪今回の小説は、抜刀斎を知る昔の仲間から見た剣心てな感じを表してみたい!ということで お書きくださったそうです♪ 確かに、昔の緋村を見た人が、明治、にこやかに笑う緋村を見たら びっくりしますよね(^^) 細かい描写で、映像が頭に浮かんできました(^▽^) 素敵な小説有難うございました。 2005.3.17 |