ねぇ

 

「ねぇ」

 

 

一度、彼女のいない世界を見た。

何も、見たくなかった。

自分の中で彼女がどれだけ大切か分かっていたはずだったのに

彼女を失った自分は

……抜け殻だった。

 

彼女の笑顔が自分の笑顔のモトだったことに

気がついていたはずなのに

あまりにも大きすぎて彼女の存在が。

近くにいるのに

傍にいるのに

 

何故失う事ばかり

手を伸ばせば届くのに

 

 

「剣心!剣心ったら!」

「ん…?」

 

目を開ければ少し心配そうな顔をして

自分の顔を覗き込んでいる女性。

 

「薫殿…?どうしたでござるか?こんな夜更けに。」

 

珍しく眠たげな声で剣心は覗き込んできた女性、薫に返事をした。

 

「何って…。剣心、うなされてたよ?」

 

何かイヤな夢でも見たのだろうか。

剣心はまだ夢の中にいるように虚空を見上げている。

 

「夢…ひどく……いやな夢だったような気がする…。」

「夢、見たの?」

 

普段から眠りの浅い剣心だ。夢を見るなんて、そうそうないことだ。

 

「ん…。」

 

いつにもまして剣心の瞳の色は悲しみを帯びていた。

いつもの優しさの光でさえも今日は悲しみと同調しているようにさえ見える。

 

「そう…。」

剣心の胸元を見てみるとびっしょりと汗をかいていた。

 

「熱、ない?」

「………」

 

なんだか剣心の様子が尋常ではない。手を取ってみたが小刻みに震えている。

 

「ちょっとごめんね」

そういうと薫は彼女の額を剣心の額へコツン、とあてる。

長い黒髪で薫の顔がよく見えなくなる。

 

「熱…ちょっとあるかも…」

 

そう言って剣心のほうを見た薫を見て剣心は目を見開いた。

 

「薫殿…。夢で…。」

 

―ねぇ?傷つくたびに  ねぇ また1つ臆病になっていく

まだ至近距離にある薫の肩を剣心はそっと抱き寄せた。

 

「薫殿の夢を……。」

「私の夢…?」

 

急に抱き寄せられて薫の体は少し強張ったが

すぐに剣心の胸に体を預けた。

 

「また…失ってしまう夢を…。」

 

―キズツクタビニ マタ ヒトツ オクビョウニ ナッテイク

 

「この…今拙者が感じている暖かさも……すべてなくなってしまったような気がして…。

夢が現実なのではないかと……。恐くて…。 」

 

薫を抱きしめる力を少し強めて薫の小さな肩に顔をうずめる。

 

「すべて…拙者の都合のいい嘘のような気がして……。」

 

「………剣心…。」

 

薫は自由になっていた方の手で剣心の肩を抱いた。

 

「いっぱい傷ついて…。辛いんだよね、剣心…。」

 

薫の肩にうずくまったままの剣心に優しく言った。

 

「私はここにいるよ?貴方の手の届くところにいつも、いるよ?」

 

薫は自分が傍にいることを確認させるように剣心の手を自分の頬にあてた。

 

「ほら……。届くでしょう?」

「薫殿……。」

 

「ほら…私からも貴方へも届くわ」

 

そういうと薫は自分の手を今度は剣心の頬へと持っていく。

 

「嘘じゃないよ…。なくならないよ…?」

 

「薫殿―…」

 

剣心の頬にあてられていた手が剣心の唇へとうつる。

 

「あなたといれて幸せだから…。幸せを疑ったりしないで…」

 

「疑ったり…しないで…」

 

もう一度繰り替えすと薫はゆっくりと剣心の唇へ口付けをした。

 

「幸せ…」

 

剣心はゆっくりと薫が言った言葉を繰り返す。

 

「私、貴方に嘘ついたことある?」

自分から口付けたのは初めてだったので少し照れたように言った。

 

「…ないでござるな…。」

 

剣心は少し笑った。目の悲しみの色はもう薄れている。

 

―真実はいつもたった一つのはずなのに迷い立ち止まってしまうんだろう

 

「有り難う……。」

 

剣心はゆっくりと言った。

薫は自分の肩に

何か温かいものを感じていた。

 

「ん…。今日はもう少し…一緒にいようか。」

 

ヒトツの傷を癒すには

センの愛が必要だから…

 

END

M369堂のまつり様に差し上げたものです。初挑戦シリアス!!(汗)

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