*幼い頃の。 * |
幼い頃の 『…久しぶりだな…ここに来るのは。」 弥彦、二十歳。 十歳のあの頃の面影を少なからず漂わせた強い瞳を持つ彼は 幼い頃母と暮らした家…と言っても もうそこには廃墟とかした長屋の一角があるだけであったが。 そこに独りたたずんで、そうつぶやいたのだった。 季節は冬。 時刻はとうに暗くなる時間帯を迎え 子供達の姿はもう見当たらない。 かろうじて残っている木の柱に弥彦は懐かしそうに触れると 弥彦はその強い瞳を一度そっと閉じる。 (…母上。) 弥彦は幼い頃、父を亡くし、母を亡くして やくざに拾われ、すりという自分の信念とは全く違うコトを やらされて生きてきた。 剣心と薫に出会ったのも こんな寒い日のあの橋の上だったか。 まるで走馬灯のようにめまぐるしく今までの記憶が回ると 小さい頃見た母の笑顔がぼんやりと弥彦の脳裏に浮かぶ。 ゆっくりと瞼を開けると弥彦は笑って亡き母に呼びかける。 (…母上…それに父上…報告があってここに…きました。) * 「母上?」 年のころは8.9歳であろうか、 真っ黒い髪に強い瞳を持つその少年は 苦しそうに咳をしている母を見上げ心配そうに聞いた。 「…ゴホッ…弥彦…母さんは大丈夫だから…早くご飯を食べてしまいなさい…?」 その少年の母であろう、奥ゆかしい雰囲気をもつその女性は また1つ咳をすると自分を今もなお心配して 着物のすそを離さない息子の頭をぽんぽんと優しく撫でた。 「だって…母上昨日から何にも食べてない!母上も一緒に…!!」 「母さん…食欲ない、の。だから母さんの分も弥彦が、ね?」 外出する準備を整えながら止まらない咳を息を荒げムリヤリ止めると 彼女は息子ににこ、と笑いかける。 「母上…俺もおなかいっぱいだから、だから…!!」 半ば、その少年は泣き顔で懇願する。 「父上に…あの人に似て優しい子ね…、弥彦…」 息子をその細い腕で抱きしめると 「ごめんなさいね」と小さくつぶやいた。 「母上…。」 「弥彦。あそこにあるあの傷はね…?あなたの成長に合わせて刻んだ傷なの。 ほら、これが2年前の傷…大きくなったわね……?」 彼女はちょうど玄関の横にあるいくつか傷のついた 柱を指でなぞると懐かしそうに頬を緩めた。 「…?」 「ほら、弥彦ここに真っ直ぐ立ってみて?」 そういうと弥彦の頭のちょうど上に カリカリと真新しい傷を刻んでいく。 『弥彦、八サイ』 その柱には新しくそう刻まれた。 「出来る事なら…これからもあなたの成長のたび、ここに…」 「何言ってるんだよ母上!!!」 小さい拳を握り締めて 少年は柔らかい母親を涙目で見ていった。 (…まるで…死んでしまうみたいじゃないか…!) そう言おうとした自分を必死に抑え 少年はその場に立ちすくんだ。 「ごめん…ごめんね…弥彦。」 彼女は苦々しい顔をして一筋だけ涙を流した。 息子を落ち着かせようと 力いっぱい抱きしめる。 これでこの子が幸せになれるのなら、という思いを込めて。 「その誇りと強さ…そして優しさ。大事になさいね?」 胸に、なんともいえない不快感が漂う。 ふいにまた咳が出て呼吸を荒げた。 「母…う…!!」 すらりと彼女の腕が弥彦から離れ 痩せた後ろ姿が弥彦の目にうつる。 「今日も行くの…?母上…?」 「弥彦。」 「母上…!行かないで…無理したら母上は…!!」 ――母上…!! * ふと幼い日の追憶。 あの日、母は亡くなった。 最後まで俺の身を案じて体を削ってまで育ててくれた 最愛の母はあの日逝った。 そばにいたかった。予感なんてなかった。 否、そう思わないようにしていたのか。 それは今となってはもう分からないが母を亡くした自分は抜け殻だった。 サァァッと寒い夜の風が吹く。 思わず燕が持たせてくれた肩掛けをつかんだ。 暖かい。これさえ、あれば。 「母上…分かりますか?見えますか?」 弥彦はゆっくりと立ち上がって最後につけた8歳のあの時の傷に手をやる。 「俺はこんなに大きくなったよ。」 スラリと逆刃刀を抜くと今の自分の身長である部分を斬りつけた。 古かったその柱に刃物の音がして 真新しい刃物の傷がつく。 「あれから…色々なことがあって…ツライ目もみたよ…。 だけど運良くいい奴らに、囲まれて育って… まるで歳の離れた兄貴みたいな剣心や まるで姉貴みたいに俺をしかってくれて育ててくれた薫や… 左之助や恵や…たくさんの人たちに会ってきたよ…。」 黄色い菊。 それを柱に置きながら逆刃刀をしまう。 「神谷活心流で強くなって…これからもこの目にうつる 弱い人々を救っていこうと思う…剣心みたいに…。」 一層冷たい風。 夕焼けだったその空はもう夕闇に覆われようとしている。 「薫に教わった師範の強さ…左之助から教わった信念… 恵から教わった…けして自分の考えを曲げない…そんな強さそして…」 「母上から教わった優しさと…父上の…誇りと…」 すぅ…と息を深く吸い込み、弥彦は自信に満ちた笑みで その柱に向かって言うのだった。 「これからもずっと愛していこうと誓った…燕と一緒に…」 「これからも生きていこうと思う。祝言を…あげることになったんだ。」 季節はずれの暖かい風が吹いたような気がした。 否、吹いたのか。 まだつぼみの多いその菊は夕闇に映えて まるで微笑んでいるようだった。 「有り難う」 何が聞こえたわけでもなかったが 弥彦は自然、そうつぶやいた。 「今度は…燕も連れてくるから…」 逆刃刀を背に背負い 弥彦はその家と菊に背を向けて家路についた。 燕が待つ家に。 このまま帰ったら、こんなに冷えて、と心配そうな顔をするだろう。 「ひとっ走りするか…!」 弥彦はもう一度だけその家を振り返ると 来たその道を走っていった。 季節は冬。日も長くない。 だが、その菊は夜道を照らすように微笑んでいた。
END END |
やっと書けたこのネタです。弥彦×燕というよりは弥彦のストーリーでしたね。アンケート第3位でした 、弥彦×燕五年後です。っていうかこの小説10年後ですね(笑)ゴメンナサイ(^^; 弥彦×燕+由太郎も人気だったのでいつか書きたいです。ご感想お待ちしております。 2002.3.2 |