幸せって

幸せって

 

精一杯の強がりは寂しさにつながるの…?

何故人はそれを笑顔でごまかすの…?

たまには、弱音を吐いても、いいよね?

 

葵屋の一室。

久しぶりの再会を懐かしむ、二人と小さな一人の影が

葵屋の障子に映っている。

 

髪型を変え、1児の母という印象もだいぶついてきた薫が

操をまじまじと見て、そして言った。

 

「操ちゃん…綺麗になったわねぇ?」

 

最近操は近所の人からもよくそんな風に言われるようになった。

あの強い眼差しは変わらない。

身長もたいして変わっていない。

16歳だったあの頃の面影を残しつつ。

だが彼女の長い三つ編みは少し長めの髪へと変わっていた。

彼女はその長くなった髪をさらさらと撫で、笑いながら言った。

 

「あはは、薫さんお世辞上手いんだからさぁ」

 

「お世辞じゃないわよ。ホント、綺麗になった」

 

剣路をそっと膝の上にのせ、薫は微笑みながら言った。

小さい息子の体に自分の手をあて、撫でるようにしてあやす。

 

「あたしなんかよりさ、祝言の時の薫さん、特別綺麗だった…いいよなぁ、薫さんは」

 

頬づえをつき、操は薫を上目遣いで眺めた。

そうかなぁ、と照れ隠しをする薫を

心底うらやましそうに操はため息をついた。

 

「薫さん…あたし…最近自分に自信なくってさ」

 

ふっと、つぶやくように操は薫に言った。

その笑いにはどことなく操自身に対する笑いが込められていたように

薫は感じた。

 

「自信が無い…?其れどう云うこと?」

膝にのっている剣路は父親譲りの髪を

母親の膝に預け、うとうとと眠りはじめていた。

その寝顔は実に愛らしく、もう夢でも見始めているかのように

安らかな顔をしていた。

 

「ん…やっぱり色々…かな、あたしらしくないんだけどさ、

 蒼紫様のこととか。…蒼紫様にあたしはつり合わない、とか

 思っちゃうんだ最近…あたしらしくないよねぇ元気だけがとりえなのに」

 

操は先ほど撫でていた髪の毛から手をすっと離し、

軽く拳を作り、コツンと自分の頭をつついた。

 

「つり合わないなんてそんな…」

 

剣路の髪をゆっくり撫でながらも

薫は操の少し弱気の発言に反論した。

 

「あたし自身そう思いたくないんだけどサ…

 なんか、緋村と薫さん見てるとさ、あこがれの反面

 嫉妬…じゃないんだけど、なんかそう云う感情がね…」

 

あたし子供だしさ、と操はつけたして

操はまた『らしくない』ため息をついた。

操の目線の先には安らかな眠りについている剣路がいる。

 

「…子供って…操ちゃんもう二十歳だし、立派に大人じゃない?」

 

その視線を感じ、自分も剣路へと視線を落として、そのあとにこやかに

笑い、薫は言った。

 

「年だけが先に走っちゃってるだけだって…。薫さんとあたしって

 一つしか違わないのに、なんでこうも違うんだろうね?薫さんには

 剣路っていう可愛い子供がいるのにさぁ、私はまだ蒼紫様…。

 大好きな人を、様付けだよ? なんか遠い人みたいじゃない?」

 

操は頬づえを崩し、ごろんと仰向けになりながら言った。

目のあたりに軽く腕をのせ、彼女の細いからだが

畳の上に寝転び、着物が重たくのしかかる。

 

「着物も着たのに…蒼紫様に見てもらいたくて

 ちょっとでも…ちょっとでも大人に見られたくて」

 

「大人に見られる…か」

よほどよい夢を見ているのだろう、

剣路は口元をほころばせると柔らかい母親の上で

寝返りをうった。

 

「そう云えば薫さんと緋村って十一違いなんだっけ」

 

薫が考えた事を察し、操はすかさず口を挟んだ。

よく分かったわね、と薫は苦笑いをしつつ、話を続ける。

 

「普段は忘れちゃうけどね、時々思い出すわ、あの人が私より

 全然長く生きてて大人で…いろんな経験をしてきて…歳を重ねてきたんだ、って」

 

「思い出すってどういう時?」

 

「う〜ん、具体的には言えないけど…やっぱり年の功ってあるじゃない?」

 

「ふうん…そう云うもんなの?歳の差って…」

緋村のことを話す薫さんはいつも綺麗で、緋村は幸せモノだ。

薫を見て、操は心底そう思う。私もあんなふうになりたい、そう思う。

 

「そうよ?きっとそう。歳の差なんて関係ない。だって一緒に歩いていく

 と決めた今…あの人とこれから一緒にいられる時間の方があの人が生きてきた

 時間よりも長くなると思うから…自分がどれだけあの人を幸せにしてあげて

 自分も一緒に幸せになるか…

 年なんて全然関係ない。だから私は歳の差は気にしてないよ?」

 

幸せ、その言葉を口にし、薫はまた剣路をそっと見た。

母親の膝の上でスースーと寝息をたて、眠ってる息子を。

 

「幸せ…ね、、薫さん良いこと言うなぁ」

 

腕で目のあたりを隠したまま操は言った。

 

「本当…うらやましい…なぁ」

 

「うらやましいだなんて…でもね、操ちゃん…

 やっぱり幸せなんてものは一個人では基準なんて決められないのよ、きっと。

 それは自分で決めることだと思うし…そう、操ちゃん自身の幸せも…あせらずとも

 必ず手に入ると…私は思うけどなぁ…」

 

 

「……………」

 

薫はすっかり熟睡をしている剣路をそっと膝から下ろして

近くにあった布団をちょうど操の隣にひきながら言った。

 

「操ちゃん…?寝ちゃったの…?」

 

「…………」

返事のない操の顔を覗き込み、薫はふっと笑った。

かすかな寝息と共に操の安心した顔が飛び込んできたのだった。

その寝顔はまだ少女の面影を残し、何年か前の自分を思わせた。

 

「不安を聞いてあげる事はできるけど……。」

 

「不安を少しでも取り除いてあげることはできるけれど…」

 

剣路を寝かせ、

操にもかけ布団をかけながら薫はゆっくりと後ろを振り返った。

 

「不安を幸せに変えてあげられるのは、あなただけなんですからね、蒼紫さん」

 

襖の戸がすっと開き、蒼紫と剣心がそろって顔を見せた。

 

「さすが師範、鋭いでござるな」

 

「…………」

 

「なんの、これくらい」

剣心の言葉に笑い

二人を寝かせ終わると、薫は音を立てないように

そっと立ち上がり、言った。

 

「急がなくてもいいですから…蒼紫サマ(・・)。」

 

にこりと笑うと、薫は剣心を連れ、階段を降りていった。

その足音はゆったりとし、幸せの音とも思える優しい音だった。

 

「ん…」

 

その音に過敏に反応し、操が少し動く。

布団からはみ出した彼女の細い腕を布団の中に戻しながら

安らかな彼女の寝顔を見ると蒼紫の頭の中には

先ほどの薫の声がこだましていた。

 

「急がずとも…いつか…必ず…。」

 

蒼紫は着物姿のまま眠りについた彼女を

優しい瞳に映し、大切そうに瞳を閉じた。

                                  END

蒼紫と操ちゃんの話&薫の幸せ語り♪(笑)

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