*さくらさく* |
さくら さく 「うわぁ…綺麗、だね…。」 「おお。すっげぇな…満開だ」 燕は、思わず足をとめた。 視界いっぱいに広がる桜。 弥彦は燕を連れて赤べこの買出しに来ていた。 そんなに急がないからゆっくりしてらっしゃい、と 妙も、此処の所働きっぱなしだった燕に 少し大目のお金を持たせて二人を送り出した。 「弥彦くん…こんな所、よく知ってたね?」 「あ…いや別によ、さっきたまたま見つけたんだ。」 燕は強めに吹いてくる風に着物の袖を押さえながら 物珍しそうに言った。 それもそうだ。 花見の席でも花より団子、と決め込んで一人料理を馬鹿食いするような 弥彦のイメージしか燕にはなかったからだ。 「でも、ここ穴場だね?私たち二人以外人がいないし」 さぁとただっ広く広がった草むらにストンと腰をおろし 燕は弥彦が買っていこうと言った団子の袋を開け 食べよう?と弥彦の前にそれを差し出した。 「…そうだな。」 弥彦はそれを受け取りながらどっかりと 草むらに座り、しばらくぼーっと桜を見る燕を眺めていた。 「ホント、綺麗だねぇ…。」 燕は弥彦の方を見てそう言ったが、反応がない。 「ね、弥彦君っ」 念を押すように燕が弥彦に顔を近づけると 弥彦は、わっという声とともに顔を赤らめる。 「……どうしたの弥彦君」 「なんでもねぇっ!」 弥彦は、決まりが悪そうにして、 まるで左之助のように頭をかいた。 「ね、弥彦君、綺麗だよねぇ…。」 「お、おぅ。」 桜も綺麗だ。 弥彦は心の中でそんなことを思っていた。 齢も十五。出逢ってから、五年。 燕はここ最近一気に女性らしくなり 可愛い、美人さんだ、と巷でも評判の 赤べこの看板娘になりつつあった。 燕に言い寄る男たちがたくさんいる、ということは 由太郎や妙から、弥彦は嫌な位に聞いていた。 弥彦は、内心、少しあせっていたのだ。 自分が、小さい頃から一緒にいて。 守ってやりたい、そう思った。 そのなんとも言えない、言い表せない感情が 恋だと知ったのはつい最近のことであるが。 しばし、二人の間に、静かな沈黙。 さぁ、と流れる風に桜が散る。 ふと、横を見ると悲しそうに桜を見ている燕の顔が 弥彦の目に映った。 「どうした?」 燕からもらった団子を頬張りながら、 弥彦は目は桜へ向けたまま、燕にそう聞いた。 「悲しくて。」 『悲しい』、そう言いながらも燕の目は せつなそうに笑う。 その表情には、もはや少女の面影を少し残しつつも… 大人の女性の顔を覗かせて。 何が?そう聞こうとした弥彦の言葉を遮って 燕は続けた。 「こんなに綺麗なのに、すぐ散っちゃって…悲しい。」 なんだ、桜のことか。と弥彦は柔らかに笑った。 お前らしいな、と燕に団子の串を渡す。 「また、来年咲くさ。」 弥彦はまた、今も散り行く桜を見て言った。 弥彦のその表情もまだ少年の面影を残しつつも。 赤い髪の剣客を彷彿とさせるような、そんな横顔だった。 「…そうだね。」 そんな弥彦の表情に気づいてか、 燕はにこりと笑う。 「来年も…。」 「ん?」 「いや、何でもねぇ」 弥彦は、言いかけてやめた。 いざとなると、言葉が見つからない。 久々に二人きりになれたというのに。 そんなことを考えていると 隣から小さなくしゃみが一つ、聞えた。 燕はぶるっと一度震えてもう一度 小さなくしゃみ。 「冷えちまったな。もう帰るか。」 「…うん。」 さりげなく弥彦が渡してくれた肩掛けを 肩にかけると、ふわりと温かい温もり。 弥彦のぶっきらぼうな優しさに 燕は思わず顔を緩める。 「なぁ、燕。」 燕が立ち上がろう、そう思ったとき。 自分の横に立っている弥彦が ぽつりと言った。 「ん?」 いつになく真剣な低い声。 燕は不思議に思いながらも弥彦のほうを見た。 赤い夕日が邪魔をして、顔が見えない。 「さっきさ、偶然見つけたって俺言ったよな。」 「うん…。でもどうして?」 燕はちょこんと首を横に傾けてそう言った。 「…本当はな。」 二人の間にさぁっと夕方の風が流れる。 弥彦は視線を桜から、隣に佇む燕にうつして。 「お前をずっとここに連れてきたかったんだ。」 「…弥彦くん?」 何やら、いつもより真剣な弥彦に燕は少し戸惑って。 でも、弥彦の決心は揺るがない。 燕の後ろにある桜が、自分を応援してくれているような気がしたから。 「燕。」 佇む燕の細い肩に弥彦の腕が回る。 壊れ物を扱うかのように 遠慮がちにそっと抱き寄せて。 弥彦の腕の中、目を丸くする燕の顔。 燕を抱いた手を緩め 弥彦と燕、二人の目線がからむ。 「俺以外の、もんになるな。」 少々遠まわしの弥彦らしい、幼い告白。 強い視線とは裏腹に、少しだけ震える弥彦の指に そっと触れ、燕は今まで一番綺麗に笑った。 そして、こくん、と頷く。 瞳には温かい涙。 言葉にならない声で うん、うん、と燕は頷いた。 泣くなよ、と自分の袖で乱暴に燕の 涙を拭う。 「………。」 何も言わず、弥彦はまた燕を抱きしめる。 先程よりも、少し腕の力を強めて。 広い野原に重なる二人の影がうつる。 この日、二人の想いは一つになった。 出逢った頃の淡いにおいを残しながら。 「来年も、桜一緒に見ような。」 「…うん。」 END END |
はい。幸せらぶらぶ弥彦告白もの弥彦v燕でした。お久しぶりに書いたやひつばいかがだったでしょうか?でも最近短編を書くのに飽きてきました。(笑)ただの幸せ話を書くのに飽きてきました。いや、もちろん大好きです。基本はハッピーエンド路線は絶対にはずせません。今度連載を開始いたします。オールキャラからみまくりのシリアスです。実はもう第三幕までできています。お楽しみにね。(してくれてるひといるかなぁ…(涙)) 感想、励ましの言葉は感想BBSでよろしくお願いします。 2004.2。22 正式UP |