傍に―
桜の香りに包まれて
雪の雫にぬれて
そして自分の腕の中で
彼女は去ってしまった
今の自分の生きがいは?
・・・ない。
「こんにちわ〜。」
カララ、と、「喪中」と書かれた紙が貼られた神谷家の戸が、開かれた。
そこには蒼紫と操。二人は美雪が生まれる少し前に、祝元をあげた。
その後、操はあんなに長かった髪を短く切った。
ケジメ、らしい。
蒼紫は見かけ的にはそれなりに変化はない。
「はーい。」
パタパタと小さな足音が玄関に近づいてきて、その音の主が現れる。
「美雪ちゃん…だっけ?うっわ〜、想像以上に薫さんとそっくりじゃん!この一家には中間は出来ないのかな〜。」
「…どなたですか?」
「あ〜、そっかぁ、ここ数年、京都には緋村しか来なかったもんね。えっと、巻町 操っていうの。以後、よろしくv」
「四乃森 蒼紫だ。」
「もう!蒼紫様、顔が怖い!美雪ちゃん怯えちゃってるじゃない!」
その通り、美雪は少し怯えている。長身の笑いもしない黒づくめの男がいるのだ。絶対怖いに決まっている。
「あぁ…すまない。」
フッと蒼紫が笑みを見せた。それを見て、美雪の恐怖もとれたのか、安堵の息をもらす。
「神谷 美雪です。」
ペコリと美雪がおじぎをした。
(っ可愛い〜〜〜〜〜〜〜〜!!)
思わず操、ガッツポーズ。
「で、神谷 薫の仏壇はどこだ?」
どこかに精神が行っちゃってる操をよそに、蒼紫はさっさと話をすすめる。
「あ、お母さ…母の部屋です。こちらです。どうぞ。」
美雪が蒼紫と操を案内する。
「…操殿、蒼紫…!」
薫の部屋に向かう途中、剣心がやや驚いた表情で二人を見つめた。
「や、緋村。」
「久しぶりだな。」
「ああ…」
それから、数分間、立ち話。
彼の顔には『笑顔』がなく、『苦笑』さえもない。
彼女が生きてた頃は、あんなに笑っていたのに─。
(そりゃ、緋村も哀しいんだろうけど。だけど─)
「ここです。」
美雪が、きわめて音を立てずに戸をあけた。
中はとても小ざっぱりとしていて、ポツンと、位牌が部屋の隅にあった。
(前のとき…同じだ…)
目の端がじわりと熱くなってくるのを感じる。
「操、大丈夫か?」
「やだなぁ〜、蒼紫様、大丈夫よ!」
「泣きたい時に泣いた方がいい。素直になれ。」
「っく…やだなぁ…もぉ、泣かないッ…てばぁ…」
ポロポロと涙がこぼれて、ほほをつたう。その表情は作った『笑顔』だったはずなのに・・・。
「…かおるっ…さぁん…」
泣き出す操を、蒼紫はそっと抱き寄せた。
「っかおるさん…」
蒼紫の胸に顔を埋めて、操は泣いている。
彼は何もいわず、抱きしめているだけ。その光景をみて、美雪は
(お母さんと、お父さんみたい…)
と思った。
以前に一度だけ見た母の泣き顔。
嬉し涙に濡れた顔なら何度も見たけれど、哀しくて泣いているのを見たのは一度だけ。
前川道場の師範の人が亡くなった時。
この光景と同じように…母は泣いていたのだ。
そして、父も同じように、何も言わず、抱きしめて…。
(…おかぁ…さん…)
じわり、と涙が浮かんできたのを感じ、美雪は慌てて部屋を出た。
「美雪、どうしたんだ?」
後ろ手でパタンと戸を閉める。と同時に涙が溢れ出す。
ギョッとする剣路。
もう一週間になるのに、悲しみはなくならない。
お通夜でも、お葬式でも、あんなにあんなに泣いたのに。
涙は─止まってはくれない。
「…っ…」
「……」
剣路は何もしてやれないもどかしさを感じながら、部屋を出た。
『あ〜〜ッ!剣路〜!でてくなぁ〜!!』
わめく薫。ココはあの世。いわゆる、雲の上。
『もう!決まりがなけりゃ、降りてって叩きなおしてくるのに!』
決まり──それはあの世での掟。
一.下界に下りてはならない。(許可を得たものはよし)
他にも色々。もし、決まりを五回やぶったら地獄行き。
地獄にいったら、地上の事が見れない…。
『薫…さん?』
薫の背後から、誰かが近づいてきた。
操はなんとか落ち着いた。
そして、位牌の前で二人は手を合わせていた。
(ねェ、薫さん。私と蒼紫様いいかんじでしょ?実はね、もう三ヶ月なんだ。薫さんみたいに良い母になれるかな?)
『大丈夫よ。操ちゃんなら絶対なれる!』
「え……?」
「どうした?」
操の驚きの表情をみて、蒼紫は声をかけた。
「今…薫さんの声が…」
「気のせいだろう?」
操は1人で目をパチクリさせていた。
その頃、薫はというと、雲の上で手を合わせて操の呼びかけに答えたので、体力を消耗していた。
テレパシーみたいなものが、この世界では使えるらしい。頭の中で呼びかける…とでも言っておこう。
ただ、慣れないうちは体力が急激に減ってしまう…らしい。
『まさかこんなに疲れるとは…』
『それは私も経験ありますけど、そんなに疲れませんでしたよ?』
『病気にかかってる間に体力落ちちゃったからなぁ…。』
薫と話している方は誰か?そう、雪代─緋村 巴である。
死んだからといって、明るくなるわけでもなく、表情はいたって冷静。
へたりこんでいる薫に声をかけ、また視線を下界にやった。
して、ここは薫の部屋。
蒼紫と操は、別の部屋で美雪や剣路と遊んでいる(?)。
そして、この部屋の中央であぐらをかいている剣心。一番おちつく場所─。
不意に目を閉じる。
薫の、死に顔。
それしか頭に浮かばない。そんな自分に剣心はとても驚いた。
先ほどまでは、いろんな表情が浮かんでいたのだ。
(俺は…薫に嫌われたのだろうか…)
位牌を眺めていても、返事が返ってくるはずもなく。
剣心はやりきれない気持ちで、そのまま自分の部屋に戻った。
『うわ〜っ、何やってんのよ、剣心は!ねェ、巴さん。』
またもや盛り上がりつつある薫。
『そうですか?いつも…彼は1人だとあんな感じじゃないでしょうか?
あなたが一度殺された時は、あれ以上に酷かった気がします。』
『………』
『どうしました?』
『いえ,何か…悪いコトしちゃったなぁ、と。私が先に死んじゃうっていうのは、ダメですよね。
私だけがのんびり眺めてるだけでいいのかなぁ、と。』
『そんな事無いでしょう?』
『え…?』
しゅん、としていた薫が驚きの表情で隣にいる巴を見た。
巴の表情は相も変わらず無表情、そして視線は剣心に向けられている。
『あの人は、あなたともう二度と会えなくて辛いのでしょう?その気持ちはあなたも同じ。』
『……』
『だから、どちらも辛い…どうじゃないんですか?』
『巴さん……』
たぶん薫の今の一番の理解者は巴だろう。同じ気持ちを共有できる二人。
そして、今、同じ場所にこうやって立っている。
『…そうですよね。辛さはどちらも同じ─…。
──で、あーゆーのって、手出ししちゃいけないんですか?』
薫が下界を、剣心を指差して言う。
『さぁ…』
『う〜ん…』
二人は空を仰いだ。
ここでもこんなに高い場所にあるのに。
本当にあの世は
もっと高いところにある。
「名づけて!『緋村を元気づけよう大作戦〜!』
操の大きな声が虚しく家の中に響き渡る。
「何よ〜…、そんなにシーンとしなくったっていいじゃない。特にソコ!」
ビシィッ、と剣路を指差す操。どのくらい剣路の盛り上がりがないかというと、
美雪達は表情が明るくなったりしている、が、剣路はムスッとしている。
「別に父さんの為になんか何もしたくない。」
吐き捨てるように剣路は言った。
その言葉を聞いて、操はプルプルと拳を震わす。
「あんたって誰の子!?本当に薫さんと緋村の子!?あの二人は絶対そんなコト言わないわよっ!」
「ふぅ〜ん。だから?」
「ムカツクわね、あんた!あんたはさ、薫さんに幸せになって欲しくないわけ?」
「死んだ人間に幸せ?」
「うかばれないって話よ!緋村があのままじゃ薫さんは喜ばないでしょ!」
「かえって喜ぶんじゃね〜の?」
「んなわけないでしょ→が!薫さんを幸せにする為にこの計画を実行するの!分かった!?」
「勝手にすればいいだろ。俺、その作戦は反対だから。」
剣路はそう言って、立ち上がり、部屋を出た。
「くっそ〜!絶対あんなの薫さん達の子じゃない!
性格悪すぎっ!不良警官並じゃん!(ご存知、斎藤のこと)」
「お兄ちゃんがあんな性格になるのは、お父さんの話が出た時だけなの。」
美雪がポツリと言う。
「何であそこまで自分の父親を嫌うかな〜。」
「さぁ。わたしが生まれる前の話だし…」
「俺、知ってるぜ。」
弥彦の突然の口だしに、皆 一斉に彼を注目する。
「え!?マジで!?」
「ああ。確かな〜『父さんはいつも母さんを夜にいじめてるから』ってあいつが三歳くらいの時に言ってたぜ。」
操と燕、意味を理解してか、照れる。
「あ、、で、、緋村はどうやったら元気になると思う?」
「薫を生き返らせるなんてどうだ?」
弥彦の提案。
「で、何か無いかな〜?」
それは、即行却下されたようだ。
「先ほど剣路に言っていた事をそのまま言ってみたらどうだ?」
一斉に蒼視を向く一同。
「さんせ〜!」
「俺も賛成。」
「わたしも賛成です。」
「いいですね。」
即決。そして、ここは薫と似ている美雪が良いだろうということで、美雪が言う事になった。
それが逆効果となることも知らずに──
「お父さ〜んv」
プリティー度数80くらいを飛ばす笑顔で、美雪は剣心の傍による。
「ねェ、お父さん。」
「…何?」
「お父さんはさ、とっってもお母さんの事を愛してたのは分かるの。でもね──」
何やら話し出した美雪を剣心は呆然と見詰める。
──似てる。
「で、だからね、お母さんもうかばれないと思うの。」
「……」
あまりにも似ている──
彼の瞳には、美雪しか映っていない。
「お父さん、聞いてるの!?」
いきなりの美雪のどアップを見て、美雪の姿が、薫のように、見えた。
そして、それは、一瞬のコト─。
「!!」
美雪はただ驚く事しか出来なかった。
背中に父の手が回されて、今、抱きしめられている。
「ちょっ──!」
「薫…。」
ドンッ
美雪は剣心を突き飛ばして、腕の中から逃げた。
「お父さん、私はお母さんじゃない!お母さんは、絶対、今のお父さんなんか嫌いよッ!」
涙を目にため、美雪が叫んだ。
「すまない…」
美雪はバタバタとその部屋を飛び出した。彼は言葉もなく、自分がした行動に、ただ呆然としていた。
『これじゃ皆の努力が水の泡じゃないっ!』
雲の上から叫ぶ薫。
『まぁ、落ち着いてください』
冷静に、薫を宥める巴。
『だって、あれじゃ、被害者が増えていきますっ!もう、見てられないっ!』
『え…っ?薫さん?』
ちょっと目を離した隙に、先ほどまでわめいていたひとはおらず。
慌てて地上の方を見ると、薫が下界に下りていた。
『薫さん!下界に下りていくのはどういうことか、分かってるんですか!?』
叫んでも、どうやら既に聞こえないところにいるらしい。
(まぁ、彼が元気になるのだから、いいのだけれど。でも、彼女が罰せられてしまう。)
結局、巴も下界に下りていくのだった。
先ほどの出来事を、剣心は未だ整理できずいた。
うかんでくるのは謝罪の言葉。
薫に対しての。
美雪に対しての。
(狂って…しまいそうだ…。)
『剣心!』
(幻聴まで聞こえて──)
顔を上げると、そこには愛しくて、恋しくてしょうがなかった人。
「かおっ…」
『ええ、薫よ、私は!美雪は薫じゃないけどねっ!』
見られていたことを、剣心はさとる。
娘と彼女を重ねてしまったことを、彼女に見られていた。
責められても、仕方が無い。
『イイ!?皆ね、頑張ってるのよ、あなたの為に!
心配して。努力して。だけどそれは、全て水の泡になっちゃってるの。』
「わかってる。」
『ヘェ〜、わかってんのね。だったら、いつまでウジウジしてるの?
気持ちの整理が付かないのも分かるけれど、そろそろキリをつけても良いんじゃないの?』
「……」
『何て言えばいいのか分からないけれど、あなたはこのままじゃいけない。
何も不足してないの、今のあなたには。 以前に私の人形が殺されたときは、足りないものがあった。
けれど、その時にあなたの『答』も出た。人生の目標も出た。足りないものなんて何もないじゃない。』
薫の口調が優しくなった。目の前にいる彼女は、透けてはいるけど、生きている頃と変わらない。
これは、罰?
何故、彼女は、更に辛い思いを自分にさせる?
気づいていない?今の自分に足りないものは─
「君が…いない…」
『え…?』
「足りないものを言うならば、それだけ。」
『…馬鹿!!何考えてんのよ!何のためにあんなに苦しんで答を出したの!
あの時だって私はいなかったじゃない!私がいないと何も出来ないなんて子供じゃない!
何でわたしを求めるの!?剣心がそんなだから──』
薫が台詞を途中で止めた。
「だから?」
『…何でもない。』
「何なんだ?」
『何でもない!』
『そこからは私が言いましょうか?』
巴が現れる。ころあいを見計らって出てきたようだ。
「どういうことだ?」
『巴さん、別に言わなくても…』
『だめです。あなたが困る事でしょう?言っても、構いませんよ。この人の所為なんですから。』
「……?」
剣心には二人の言っている事がさっぱりつかめない。
薫が困る─?
俺の所為で―?
「言って…もらえるか?」
『いいですか?薫さんは、今、天国にも地獄にも行けません。まだ、中途半端なところにいるんです。
あの世だけれど、あの世ではない場所。そこに薫さんはいるのです。』
「俺が…薫を強く求めすぎているから?」
『相変らずカンはいいんですね。そうです。あなたの思いが呪縛となって薫さんはそこにいるんです。
あまり長くソコに居すぎると…魂は消滅します。』
「巴は…何故…無事なんだ?」
『別に悩む事でもありません。
あなたは私を想っていても、維新に集中できていたし、縁はあなたに対する復讐に集中していた。それだけです。
今の薫さん程、強い呪縛じゃありませんでしたから。』
─魂が消滅する。─
自分が薫を不幸にしている。
いっそのこと、死んでしまえれば──
『あ〜、もう!剣心、死のうなんて思っちゃダメ!何を聞いてたのよ。『目標』はないの、あなた?』
「もく…ひょう…?」
『そ。大体、あなたは、生きる意志がある。』
「え?」
『それすらも気づかなかったの?生きる意志が本当にないなら、とっくに死んでるわよ、あなた。
でも、生きている。だから、生きる意志がある、っていってるの。』
「……」
『あ、じゃ、そろそろ戻らなきゃ。監視が厳しくてさ、ばれてるだろうけど、急いで戻んなきゃ。』
「ああ…。今度会うときは、拙者が死んだ時でござろうな。」
『私がちゃんと天国にいければ、会えるわよ。じゃねv』
目の前から、二人の姿が消えた。そして、あとには梅の香りと─桜の香り。
「はあ!?緋村がいきなり抱きしめた!??」
「とうとう、あいつも娘にまで手を出したか。落ちるトコまで落ちるな、あいつ。」
剣路がすかさず口をはさむ。
「五月蝿い、ソコ!よし、操お姉さんが、敵を打ってあげよう!」
「え!?何もそこまでしなくとも─」
既に操は部屋にはおらず。遠くで戸を開ける音がした。
(足速っ!)
慌てて美雪は後を追う。
ちなみに弥彦クンは、奥さんと仲良く家に帰ったらしい(キャっv)
「緋村ぁっ!!」
「なんでござる?」
勢いにまかせて戸を思いきり開けた操。
いつもの剣心の雰囲気がソコをつつんでいた。
「あれぇ?元気でたの、緋村?」
「あ、、、あぁ。」
笑顔。操はほっとする。いつもの彼。
「いや、確信するのはまだ早いっ!けちょう蹴り〜〜〜!」
バキィッ!!
「おろ〜〜〜」
「あ、ほんとに、いつもの緋村だ。」
「痛いでござるよ、操殿。」
「あ、ゴメンゴメン。」
『人生を完遂する』と言ったのは自分で。
今は生きる希望もある。
仲間達がいて、子供もいる。
その人たちの、幸せな表情。
それを見ていくのが、たぶん自分の『意思』
今まで一緒に見ていてくれた人がいないけれど。
それはとても寂しいけれど。
そして
『人生を完遂』したときは、
(薫、笑顔で迎えに来てくれ)
『了解!』
天国で薫が笑顔で言った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
あくあ様から頂きましたv
薫殿を失った剣心…。
きっと相当壊れますよね。
「二度」失ったのだから。
巴さんも出てきましたねぇv
コミックスを読み返すたび
巴さんは…言い切れないものを持っているなぁと思います。
あくあ、小説ありがとうねvv
HPがんばってねv