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*sometime or other * |
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Sometime or Other 月明かり。 柔らかな光りに照らされて、 鏡台に座る恵は左之助を背に唇に紅をのせる。 形の良い唇に細い指が丁寧に動き、綺麗な紅色が増す。 左之助は腕を組んで柱にもたれ その様子を瞳もそらさずに思わず、見入っていた。 ――やっと、手に入れた。 自分ではない男を想い、でもその男の幸福を願うがゆえに 少女に自分の想いまでも託し、自分は一人愛しい人への想いを自分の中に留め続けた。 まっすぐな自分の気持ちに背を向けて。それが恵の純粋な愛の貫き方だったのかもしれない。 本当は寂しがりやなのに、其れを見せまいと、いつも何処か気丈に振舞う。 それが完璧なら誰だって思うだろう、蓮っ葉な女性だ、と。 でも時々見せる寂しそうな表情は恵の中に存在する弱い面が見え隠れし 放っておけなくなる。その仕草や瞳に気がつく者は、そうはいなかったが。 それは左之助にとって、好都合でもあった。 「あとちょっとだから」 口紅をつけ終った恵は振り返っていった。 今日は特別な日。紅の色は微妙に違い、少し明るめの甘い色。 そう、今日は特別な日。 自分の愛したあの人と背中を押したあの子の祝言の日。 「あ?あぁ大丈夫、まだ半刻は時間あるからよ」 ――ちゃんと笑ってやがる。 左之助はそんな恵の後姿を見て思う。 『決着、着けてきたわ』 そう言った目元はきっと一晩中泣き明かしたのだろう。真っ赤で。 にこり。その目元は力なく笑う。 あんときの笑顔とは違う。 ちゃんと笑えるんじゃねぇか。 左之助はその大人の女性の笑顔に、内心どきりとする。 「あらまだ半刻も?あんたももう一回ちゃんと鏡見なさいよ?」 最後に髪を整えながら恵は言う。 長い黒髪は今日は高く結い上げられている。 器用にまとめられ、でも尚且つ残っている後れ毛が可愛い。 「俺はもーこれでいいんだよ、何回も鏡見るなんざぁ、俺にはあわねぇ」 たしかに、と後れ毛をいじっていた手がかすかに動き くす、と笑い声が混じる。 「おまたせ。さ、行きましょ。ゆっくり歩けばちょうどいいわ。」 手元にあった巾着を持ち、すっと立ち上がる。 おろしたての着物がよく似合う。 自分の横に並んだ恵を左之助は横目で見やった。 「何よっ」 「あぁ?別になんでもねぇって」 ――おかしな話ったぁ、ホントにあるもんだな… 会ったばかりの頃は、憎んでさえいたはずだ。 「阿片女」と恵の気持ちさえ考えられずに、恵を傷付けた。 それなのに、今は自分の大切な女性(ひと)であって。 「…似合わないかしら?やっぱりこの口紅…」 ちらりと恵を見た左之助を不審に思ったのか 恵は似合っている口紅を気にするように唇を指で押さえる。 薄い紅が指についた。その色をじぃと見て、 やっぱりちょっと若かったかしら、とため息をつく。 「いや、別に似合ってるんじゃねぇの?」 その指に遠慮がちに触れ、左之助はついた色を拭う。 「女狐にしては。」 そんな冗談を言いながら 左之助は自然と指を恵の華奢な指にからめた。 いつもなら怒るかもしれない恵だったが今日は少しだけ頬を 紅のように赤くさせ 「ありがと。」と。 大きな手を握り返しながら言った。 誰もいないわよね、というように回り一度を見渡して。 重なる影。甘い瞬間。 優しい夕闇。 悲しい夜も、いつでも、どこでも。 笑顔の傍にはいつも、あいつがいた。 「俺達も、ま、いつかな。」 「ん…。」 神谷道場へ向かう道。 優しい優しい…夕闇。 END END |
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Sometime or otherとは『いつか』という意味です。剣心と薫の祝言へ向かう恵サンは笑ってて欲しいですから(笑) もし良かったら感想などお聞かせください。 2001.12。2 正式UP |