雨のように <mikuさんより> |
雨のように
溜息交じりの声と 雨粒。 「やっぱり傘持って来ればよかった。] 今日の往診をすべて終えて帰宅しようとした矢先の、突然の雨。 慌てて雨宿りをしたものの、濡れた髪が彼女の身体を冷やしていき いつもの薬箱を持つ手の感覚がしびれてくる。 はぁ・・・ 目の前で広がる白い息はすぐには消えない。 ゆらゆらと残っては、雨に溶けていく。 このままでは結局濡れて帰るしかないが、診療所まではまだ距離があり 彼女はまた溜息をつく。 雨の音しか聞こえない静かな通り。 物憂げな雨をずっと見ているのが何となくつらくなって、下を向いた。 ぱしゃ、 ぱしゃ、 ぱしゃ。 水をはじいて近づく一人分の音。四つめで顔を上げてその視線の先には 傘を差したあいつがいた。 「傘は?」 「・・・持ってないから困ってるんじゃない。」 目の前まで来た左之助はそれ以上何も言ってこなくて また雨の音ばかりが目立ち始める。 気まずそうに恵が薬箱を持ち替えようとしたとき 左之助の右手が恵を傘の下に引っ張り込んだ。 「・・・左之?」 「帰る。」 短くそう言って歩き出す左之助に、なぜか寄り添うように一緒に歩くはめになった恵。 「送ってくれるの?」 「送らねえ。」 「・・・は?」 いつもならすぐにその後文句が出てくるのに 自分でもらしくない と思うのだけれど。 恵は傘の下でまた白い息を浮かべた。 左之助の長屋は雨音が打ちつけるように響く。 恵は戸を背にしてその音を聞いていた。 左之助は相変わらず何もしゃべらず、畳の上に腰を下ろして恵を見上げている。 「・・・何?」 自分を見つめる彼に、恵はどう接していいのかわからない。 「変なものでも食べたの?」 「違う。」 居心地の悪い沈黙が流れる。どれくらい経ったかわからない。 どうしていつも目をそらしてくれないんだろう、と恵は思った。 「お前さ。」 いつだって真っ直ぐで・・・ 「今もやっぱ剣心が好きか?」 こんな時もどうして真っ直ぐでいられるんだろう。 恵は答えなかった。目をそらすこともしなかった。 今目の前にいる左之助は、ずっとそのことを思っていたのだろうか。 他愛ない話をしていた時も、自分を抱きしめていた時も、この雨の中も、ずっと。 「・・・答えなくてもいいけどよ。」 恵の耳にさっきよりも激しい雨音が響く。 「好きよ。」 「今も好きよ。」 左之助は何も言わず、ただ恵を見つめている。 恵は左之助から目をそらさずに、自分の胸の真ん中を指した。 「あの人を想う場所と、左之助に対する気持ちは別の所にあって・・・」 左之助の目は恵に向いたままで、でも自分の言葉をどう感じたのか恵はわからなかった。 もしかしたら怒っているかもしれないけれど ずっとずっと心の中にあったことを言葉にする。 「・・・あなたは誰の代わりでもない、大切な人。」 今まで自分の思いをこんなにも素直に表に出したことがなかった。 立ち上がった左之助に抱き寄せられたとき この人だから自分は真っすぐに言えたのだと思った。 「俺は剣心の代わりだと思ってた。」 左之助の低い声は、雨音と一緒に恵の身体に流れる。 「別にそれでいいと思った。恵が俺の方に向くんだったら。」 恵は自分を抱きしめる人の髪に触れた。 左之助をとても愛しく思った。 「馬鹿ね。」 そう言って恵はつま先立ちで左之助に口づける。 変わらない雨音に二人は身を沈める。 いつもより更に冷たい恵の身体を、左之助は強く抱きしめた。 お互いの名前を秘密の合言葉のように囁いて お互いの唇を重ねて ひとつの想いをまた確かめる。 嘘偽りのない雨が静かな夜に降り注ぐ。 彼女の真っすぐな髪は雨のように愛しい人に降り注ぐ。 その真っすぐな想いは雨のように。 END |
ぷはぁ!!(←何)風花庵の常連さん、 mikuさんより頂きました。これまた素敵な小説でしたねぇ。風花庵に来ていただいている方々はほとんどがmikuさんのファンですってv梅雨に入るこの時期、気持ちが暖かくなる小説でしたね。Mikuさん、本当に有難うございました。これからもぜひよろしくお願いいたします(^^) 2004.6.3 |