初めての冬 弐 <みおさんより> |
初めての冬 弐 「へっくしょい」
椅子に座って舟を漕いでいた左之助は、自分のくしゃみで目が覚めた。 きょろきょろと周りを見回してから、少し考え、自分が診療所を手伝いに来 たことを思い出す。
「んー…」
長い手足を伸ばして大あくびと一緒に伸びをする。その頭に背後から鈍い衝 撃が走った。
「…いってぇ…」
頭を擦りながら顔をしかめて振り返ると、そこには女医者が片手を腰に、も う片方の手は固く握られ、立っていた。おそらく、衝撃の正体はこれであろう。 「いきなり何すんだよ…」
恵、と殴られた頭から手を離し左之助が問うと、名前を呼ばれた女医者は口 を尖らせ当たり前よ、と文句を言った。
「あんた、何しにきてんのよ。ここは暇つぶしの場所じゃないのよ」
全く、と恵は、奥で孫娘たちの相手をしているであろう玄斎を覗き込むよう にしてから、再び小さめの口唇を開いた。
「玄斎先生は、気を遣ってくれて何も言わないけど…」 以前、玄斎が孫娘たちを連れて留守にしていたとき、恵はその間、用心棒代わりに左之助を ここに置いていた。玄斎が戻ってからも、左之助はちょくちょく『手伝い』と称して顔を出していた。 初めは、珍しい事もある、と笑っていた玄斎だったが、二人の間の空気を感じ取ったのか、 そのうち何も言わなくなった。
「いいじゃねぇか、ジジィが何も言わねえならよ。お前が気にするこたぁねえよ」 座っていた椅子に踏ん反り返って、楽天的に言う左之助を見て、恵は呆れた。 「お前が、って…。肝心のアンタがコレじゃねぇ…」 「喧嘩売ってんのか?」 何のことかしら、とごまかして恵は窓の外を眺める。時間に余裕のあるとき は、こうして町の往来を眺めるのも気分転換になる。 窓には、いつかの風鈴が下がっている。 『もう風鈴を下げる時期はとっくに過ぎたし、そろそろ外してもいい』 と左 之助が言っても、恵は聞かなかった。 風鈴はそのまま窓の下に下げられ、患者は皆、珍しそうに風鈴に見入ったり、過ぎた季節の思い出を 語っていく者も、中にはいたりする。 恵はそんな患者の話を聞くのが好きだった。過去の出来事は思い出に変わる。 優しい思い出は、その人の心を穏やかにしてくれる。心の治療も医者に とっては大切な役目だと、恵は信じていた。 外を歩いている人たちの装いが、寒さを凌ぐように変わってきている。季節の流れを感じて、 恵は呟いた。 「もう冬なのね…」
欠けがえのない人たちに出逢って、初めて迎える厳しい季節。 「あ…」 「どうした?」
外を眺めていた恵の小さな呟きに左之助が反応すると、彼女は微笑んで振り 返り、ほら、と窓の外を指差す。
「雪」
重い腰を上げて、左之助は恵の背後から窓枠に片肘をついた姿勢で外を覗き 込み、首を竦めて大きな躯を震わせたB 「へぇ…こりゃあ、寒くなるなぁ…」 「雪、か…」 恵の脳裏に、幼い頃家族と過ごした、故郷・会津が浮かぶ。 ―あの頃は、雪が大好きだったっけ…。 維新の戦いで家族が離散してからは、雪を見るたび幸せだった頃を思い出し て、嫌だった。今のように、優しい気持ちで幼い頃を思い出すことができな かった。 自分の中の『思い出たち』に申し訳ない事をしたかもしれない。彼らは、彼 女の中に暖かいものを残してくれていたのに。 「…故郷が恋しくなったか?」
恵と同じようにそのままの姿勢で雪を眺めていた左之助は、黙り込んでしま った彼女の胸中を思い、問いかけた。 恵は、外を眺めたままそうね、と呟き柔らかく微笑んだ。
「…でも、恋しいって言うよりは、懐かしいほうね。独りで雪を見ていたと きとは違う、もっと暖かい感じ…」 どうして、今はそう思えるのかわからない。けれどきっと、今ここにこうし て、一緒にいてくれる人がいるから―楽しかった頃の思い出話を、優しい笑 顔で聞いてくれる人がいるから―。 恵にはそう思えた。
「寂しくなんて、ないわよ。私はもう独りじゃないんだし」
微笑んで自分を見上げる彼女が愛しくて、自分を抑えられる自信がなかった 左之助は恵に問いかけた。
「触れてもいいか?」 何言ってるの、と笑って肯定も否定もせずに誤魔化す彼女を、左之助は制した。 「俺は真面目に言ってんだけど、よ」 窓に映る恵は、少し俯いている。その様子を、左之助はどうとられていいの かわからない。 ―ここで泣かれちゃ困る。 左之助は自ら、申請を却下した。 「嫌ならいいんだ。やっぱりこういうことは、お互いそう思ったときじゃね ぇと…」 固まってしまった空気を、何とか元に戻そうと努力した左之助の努力は、す ぐには報われなかった。彼女の沈黙は、まだ破れそうもない。 左之助は、心の中でため息をついた。 ―こんなことくらいで怒るなよ…。 再び窓の外に視線を戻した左之助に、言っとくけど、と恵は窓に映る自分の 姿を眺め、口を尖らせた。 「私、怒ってなんかいませんからね。それに、まだ嫌とは言ってないんだから…」 「素直じゃねぇなぁ…」 口ではそう言っても、恵のそういうところも彼女らしいと思っている左之助 は、照れ隠しのようにそっぽを向いている彼女の淡く染まる頬に触れてか ら、細い顎を軽く押さえ、包み込むように紅い口唇を塞いだ。 外は人通りもなく、見ている者は誰一人としていない。 窓に下げられた風鈴だけが、二人を見守っていた。 ―了― どうも、みおです。(笑) 第二弾です。もらってやってください。 この風鈴は、以前書いた長編の風鈴ですね。わかる人にしかわかりません が…(汗) お目汚しですが、どうぞ。(苦笑)
END |
はいvみおさんの作品「初めての冬」でしたv 胸キュンですぅー! 美咲は長編「風鈴」の本を持っていますv その本を読んでからだと、更にイイデスッ! くぅー!(>▽<) 左之助と恵の雰囲気いいですねぇ、 これが美咲の求める左之助v恵像です。 恵さん、かわいい!!! ―ここで泣かれちゃ困る。 左之助は自ら、申請を却下した。 「嫌ならいいんだ。やっぱりこういうことは、お互いそう思ったときじゃねぇと…」
ってところ、もう左之助かっこよすぎ。 美咲だったら腰砕けちゃいます(笑) みおさん、本当に有難うございました。 みおさんは、小説投稿フォームをご利用の上、ご投稿くださいました。 皆さんのご投稿もお待ちしております♪ |