陽炎 〜最終章〜 |
陽炎《第五章》 白く混濁した意識の中で 感じたのは額に残された優しい口付け。 それは何故か懐かしいような気がして…。 * 「……ん…。」 陽射し…だろうか。 うっすらと感じるその光にゆっくりと 瞼を開けるとそこは見覚えのある診療所の寝台の上。 私が身動ぎをすると顔のあたりに規則正しい寝息が聞えてくる。 包帯だらけの自分の身体に気がついて かろうじて顔だけをそちらの方に向けると 子供のような左之助の顔が目に飛び込んできた。 「…っ…」 急に首筋に痛みが走って顔を歪める。 きっと火傷の傷だろう。 その声に反応してか左之助の瞼がピクリと動き ゆっくりと瞳を開いた。 「…恵…!」 ゆっくりと開かれた瞳は大きさを増し 椅子の倒れる音がして左之助が立ち上がった。 「さ…のすけ…。」 ヒリヒリする唇でやっとその名前を紡ぎ出すと 恵は初めて安堵の笑みをもらした。 その穏やかな顔を見て左之助も ふぅと息を吐いた。 「…心配させやがって…いてぇだろうよ、こんなに怪我しやがって」 「ん…」 左之助は、張りつめていた心がふっと楽になるのを感じた。 不安もあった。 絶対に恵は自分の前でまた憎まれ口でも叩いてくれる、 そう強く信じていたが、 玄斎の言葉がずっと胸の中で疼いていたのだ。 「とりあえず、皆を呼んでくる。」 左之助はそう言って戸口へと背を向けた。 早く、薫や剣心に恵を会わせてやりたかった。 「ま…って」 恵は無意識に左之助のうでをつかんでいた。 腕は痛かった。ヒリヒリして涙が出そうだった。 しかし、つかんだ彼の腕にもまた、同じ傷があった。 「さの…」 「どうした?どっかいてぇのか?それじゃなおさら…!」 「…もう少しだけ…傍にいて」 左之助は大きく目を見開いた。 そして、次の瞬間気がつけば 恵の傷ついた体にゆっくりと腕を回す、自分が居た。 柔らかい彼女の髪を撫で 体が痛まないように 優しく それでいて 彼女が安心するように強く 抱きしめた。 「ありがとう…さのすけ」 恵も細い腕を彼の厚い背中に回した。 さっきの言葉も、この今の行動も 事件の前の自分では考えられないことだった。 何故か、彼に触れたい衝動に駆られたのだ。 「またひとつ、あなたには命の借りができちゃったわね」 「馬鹿野郎、命には借りも何もねぇよ」 「それも…そうね」 くす、と恵が笑う。 その瞳の中には、左之助の顔がゆらゆらと映って、そしてぼやけた。 「怖かった…」 恵の瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。 ひとつ、ふたつ、流れて 恵の顔に幾筋も濡れた跡が残った。 「でも…何故だか分からないけど、駄目だと思ったときあんたの顔が…浮かんだの…」 涙がぽつりと左之助の手に落ちる。 「がらじゃないけど…あんたが助けに来てくれるって…思ってた」 「恵…」 左之助はまた、先ほどそうしてしまったように 本能的に、恵の前髪をかきあげた。 さらさらと黒髪が舞う。 そして、また恵の額に優しくも力強い口付けを落とした。 恵もまた、自然にそれを受け入れた。 彼の唇から伝わる優しい温もりが 恵の涙をそっと溶かしていった。 「おめぇが無事でよかった。」 左之助の大きな手が、額から頬へ移っていく。 少し残る、薄い火傷の跡を 優しく撫でながら。 しばし、無言の時が流れた。 そして、左之助の手がもう一度その 火傷を撫でた時… 「恵さんっっっ!!!」 「恵殿!」 叫び声とともに診療所の扉が、いきなり開いた。 剣心と薫だった。 「おぉっっ!!」 左之助は素っ頓狂な声を出して 恵から離れた。 恵もまた、顔を赤くしながら 左之助から離れる。 「恵さぁん…良かったぁぁ…」 薫は恵の枕元で顔をぐしゃぐしゃにして、 泣き崩れた。 剣心もそれを見て安堵のタメ息をもらす。 恵は「もう大丈夫ですから」と、ゆっくり起き上がってみせた。 いつまでも泣き止まない薫を、恵がなだめている。 「邪魔をしたでござるか?」 その二人から少し離れた所で 剣心は左之助に小声で話し掛けた。 「なっ…何言ってやがんでぇ」 やっぱり気がついていたか、この野郎… 左之助は紅潮しそうな頬を必死で押さえて、 動揺を隠そうと、そっぽを向いた。 「とぼけても無駄でござる」 剣心は笑いたくなるのを押さえて、左之助の方をちらりと見た。 「…おめぇはこんな時でも人のことをからかうったぁ、人がわりぃ」 「何、薫殿には気がつかぬように拙者が取り計らったのだが それでも人が悪いというでござるか?」 一体どこから見てたんだ、この男は。 左之助は今度こそ顔が紅潮するのを感じた。 「玄斎の爺さん、呼んでくらぁ」 左之助は、手をひらひらとさせて 診療所の部屋を後にした。 自分でも、どうしてあんな行動をしたのかが分からない。 気がついたら彼女の額に口付けを落としていた。 「は…めんどくさ…」 左之助は考えるのもめんどくさくなってしまった。 しかし彼はまだ知らない。 この、めんどくさいことはしばらく続くのである。 「昼ドンが鳴ったら起こしてくんなぁ」 玄斎に恵の回復を伝えた後、 縁側で稽古をついていた弥彦にそう告げて 左之助は眠りについた。 この事件をさかいに 少しずつ、左之助と恵の関係は動いていった。 陽炎が舞ったこの日に。 挿絵募集中デス |
少年漫画はやっぱりハッピーエンドです。長い連載にお付き合いくださいました皆様、 ありがとうございました。この章をもちまして左之助×恵長編「陽炎」 めでたく完結でございます。感想などありましたら、掲示板、メールなどでぜひお聞かせくださいませ。励みになります★ 2004、5、21 小説投稿用フォームを設置しました。せひせひ、皆さんも投稿してくださいね★ |
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