陽炎 〜第五章〜

陽炎《第五章》

                

 

 

「恵!すずめ…あやめ!!」

 

勢いよく蹴破った扉のすぐ傍には

二人に覆い被さるようにして気を失っている恵と、

それに守られるようにを意識を取り戻した幼い姉妹の姿。

左之助が息を整えそっと座り込むと幼い姉妹は左之助の名前を口にする。

 

「さ…の兄ぃ…」

 

「よく我慢したな。もう大丈夫だ。」

 

あやめとすずめは左之助に抱きかかえられると

瞳に泪をいっぱいにためて離れまい、と懸命に左之助に抱きつき

恵ねぇが、恵ねぇが、と左之助の足元にぐったりと倒れている恵を指差した。

 

恵の紫色の着物には火の粉が散ったのだろう、無数の焼け跡がある。

いつも白い肌がさらに白くて血の気がないようにさえ見える。

左之助は動転する気持ちを抑えながらも恵を強く揺さぶった。

 

「恵…!!しっかりしろ!!」

 

抱き起こして恵の手をとるがその恵のほっそりとした手は

左之助の手の中でぐったりとなってピクリとも動かない。

それに温かみが感じられないのだ。

とっさに脈をはかる。

 

まさか、と思った。

考えないようにしていた最悪の事態が左之助の頭をよぎった。

 

「おい…!馬鹿野郎冗談じゃねぇぜ…!恵!!」

 

左之助は歯を食いしばってガッと拳を床に叩きつける。

その手からは血が滴り落ちて炎で紅い床はさらに赤く染められた。

 

「さのにぃ…恵ねぇ…死んじゃうの…?」

 

左之助はその声にはっとする。先ほどまではおとなしく自分の背中に乗っていた

幼い姉妹が身体を細かく震わせ、今にも消え入りそうな声でそう問うてきたのだ。

 

「っ…。大丈夫だ…おめぇらのためにも恵は死なせねぇ…!」

 

自分が今守るべきは恵だけではない。

左之助は意を決したようにそういうと

恵と二人を抱きかかえて元来た道を走った。

 

*

 

「おいっ!出てきたぞ!!」

 

左之助がドアを蹴破って外へ出ると

多くの野次馬と警官が左之助を取り囲んだ。

 

「すぐに手当てを…!!」

 

警官は左之助の肩に乗っていたすずめとあやめを保護し

恵にも手を出そうとしたが左之助はそれを振り払い

その子らを頼む、と一人、玄斎のいる診療所へと走リ出す。

 

「なっ…?早くその女性を…」

 

「っるせぇ!!いいから其処の道を開けやがれ!!」

 

左之助はすごい剣幕でそういいはなつと

野次馬達を蹴散らし、安西家から遠く離れた診療所へと向かう。

 

激しく鳴り響く鼓動が五月蝿い。

火事の報せを聞いてそこへ走っていた時よりも

さらにひどく長く感じられる。

 

「くそっ…」

 

普段ならどうってことないはずの

距離でも何故か今日に限って息があがる。

 

「左之っ!!」

 

あと少しで診療所、というところで左之助は呼び止められた。

火事の報せを聞いて安西家へと急いで駆けつけてきた

剣心や薫たちと鉢合わせたのだ。左之助の目に玄斎がうつる。

 

「おい…爺さん!!こいつ、息が弱くなってる…!

 一刻も早く手当てしねぇとあの世行きだ…!!早く、手当てを…!」

 

「いかん……とにかく、近くの民家に運ぶんじゃ…!!」

 

緊迫した玄斎の表情とともに左之助たちは近くの民家へと駆け込んだ。

 

                  

                   *

 

診療所。

薫のすすり泣きが聞える。

あれから近くの民家の一間を借り、

玄斎の必死の治療のかいがあって

恵はなんとか一命は取り留めた。

 

今は入院患者用の寝台に横たえられている。

ところどころに巻かれた包帯が痛々しい。

 

左之助があのまま警官に恵を渡していたら

時間切れでもう恵くんは生きてはいなかっただろう、と玄斎先生は静かに言った。

 

 

日が落ちてもう外は闇。

あれからニ日、恵はいっこうに目を覚まさない。

一命は取り留めた、だがいつ死んでもおかしくない…それほどの重症だったのだ。

原因は、局所の火傷、それに何よりも肺を煙にやられ中毒を起こした、というのだ。

 

左之助は自分の火傷の治療が終ってからずっと恵の枕もとに、一人座っていた。

その寝台の周りには剣心たちをはじめ妙、燕など

恵を心配するもの達が浮かない顔でその様子を見守っていた。

その中には恵に命を救ってもらった、という患者も数人いた。

 

「今日も…ここに泊まるでござるか」

 

「あぁ」

 

剣心の問いかけに左之助はまるで光を感じていないような目をして

ただそれだけを答える。

 

「拙者達はもう遅いゆえ…これで帰るが…恵殿を、よろしくでござる」

 

「あぁ」

 

剣心は落ち込み、ずっと泣いたままの薫を抱き寄せ部屋を出て行く。

それに続いてみなも部屋から出て行った。

 

月が、明るく二人を照らす。

 

「恵…」

 

誰もいなくなった部屋で

左之助は頭に手をやって苦しそうにそうつぶやいた。

 

左之助は自分を責めているのだ。

どうしてもう少し早くついてやれなかった。

何故こんな危険な目にあわせたのか。

 

「目ぇ…覚ませよ…」

 

何か思い立ったように左之助はゆっくりと椅子を立つ。

そして包帯の巻かれた額にかかっている髪を

そっとかきあげ、ゆっくりと口付けを落とす。

 

こんなことをしてもどうにもならない、そう思ったのだが

何か本能的に、そうしてしまった。

 

そしてがらにもなく、恵を背に恵が好きな月を瞳にうつしていた。

 

■続く■ 次回最終回です。

 

挿絵募集中デス

恵はどうなってしまうのでしょう…?ちなみにすずめちゃんとあやめちゃんも入院中デス。 2002.1.2up                                

第四章へ              BACK                最終章へ