キミノナマエヲヨンダアトニ <チャン・イーさんより>

キミノナマエヲヨンダアトニ
 

  『拝啓 高荷 恵 殿』
  
  「意外に字がきれいだったのねえ」
  ちょっと感心して、次の文を読んで私は目が丸くなった。
  
  
  キミノナマエヲヨンダアトニ
  
  
  
  朝方の冷えに秋を感じるようになった。
  
  引き戸の隙間から薄い光が漏れているのが見えた。
  私は静かに起き上がって布団の周りに散らばる襦袢や着物を拾い集めた。
  左之助を見ると、まだ静かに寝息をたてていた。
  
  とりあえず襦袢を身に着けて、左之助の傍に寄った。
  「よく寝てる・・・」
  そっと指先で頬を撫でた。
  
  音をなるべく立てないように、手早く着物を着た。
  朝食までには戻らなくてはならないのだから。
  「帰んのか?」
  羽織に腕を通したところで、背中から声を掛けられた。
 
  「ごめん、起こした?」
  「いや、勝手に起きただけ」
 
  左之助は掛け布団を少し持ち上げて、敷き布団をぽんぽんと軽く叩いた。
  
「来いよ」
  「やあよ、もう着替えちゃったもの」
  「いいじゃねえか」
  「だめ」
  「恵」
  「何よ?」
  
ふわっと笑う。
  
「な?」
  
そんな顔で言われたら、断れない。
 
 「もう・・・」
 
  ため息をついて、傍に行った。
  彼は私の手をとって、そっと布団に招き入れた。
  
「いらっしゃい」
 
  まあ、いいか。まだ早そうだし。
  私の背中にゆっくり両手を回したので、彼に抱かれている格好になってしまった。
  
「やべ」
  
「・・・何?」
 
「またしたくなってきた」
  
「馬鹿」
  慌てて腕の中から逃げようとする私に、冗談だよと軽い口付けをして笑った。
  
  
「左之助」
 
  「ん?」
 
  「私、今日会津に帰るのよ?」
 
  「知ってる」
 
  「こんな事してる場合じゃないんだけど?」
 
  「あ、俺もさ」
 
 腕を戻して、私の髪を撫でた。
  
「近々、外国に行ってみようと思ってるんだ」
  「外国ぅ!?」
 
  天井を見上げて彼は言う。
  
「大陸や、メリケン、ヨォロッパとか。本当に地球儀みてぇにこの世は丸い
  のか実際に見たいんだよな」
  
「・・・会津より遠いわ」
 
  「当たり前だろお」
  あきれた顔をして、私の顔を見た。
  
  頭にあることがひらめいた。
  「中秋節の月餅」
  「?」
  以前、大陸に行った事がある人から聞いた話だ。
  「なんかね、大陸では中秋の名月に当たる日にお祭りがあって、大きな饅頭
  を食べるんですって」
  「変わってるな。月見団子みてえなもんか?」
  「その饅頭って日持ちがするらしいのよ、もし行くんならお土産それがいい
  わ」
  「なんだそりゃ、じゃあ大陸まで行ったら一度日本に帰らなきゃな」
  「そうよ、頑張って会津まで持ってくるのよ」
  私たちは面白がってくすくす笑いあった。
  
  この人は本当にいってしまうだろう。
  ふいに哀しくなって、私は掛け布団に埋もれるように俯いた。
  「どうかしたのか?」
  顔を近づけて私が泣いていることに気付いて、彼は無言になった。
  明日の今頃は、私は会津にいる。
  そして、あなたは。
  
  ややあって彼は口をひらいた。
  「俺、思うんだけど」
  「・・・何?」
  「人を思う気持ちに時間や距離は関係ないと思うんだ」
  「・・・・・」
  「この先、お前以上の美人に会う確率はかなり高いだろうが、恋愛対象にな
  る確立は皆無だろうな」
  「・・・そんなの、わかんないじゃない」
  「分かるって」
  彼は、私の額に口付けをした。
  「分かるんだよ」
  
  
  「だから、泣くな」
  
  
  あの日から、ちょうど三年が経った。
  
  
  彼はその言葉通り、日本から飛び出してしまった。
  私はその事をかおるちゃんからの手紙で知ったけれど、開院したばかりの診
  療所を軌道に乗せる事で忙しく、心配ばかりもしていられなかった。
  
  
  彼の手紙を見て、思わず吹き出してしまった。
  
  『中秋節の月餅、見つけたで候』
  一言、そう書いてあるだけ。
  
  「高荷先生〜!」
  助手が呼ぶ声が聞こえた。
  「はーい!」
  私は廊下へ返事を返して、手紙を引き出しへとしまった。
  
  彼の根拠の無い自信に満ちたあのときの言葉で、私はしゃんとしていられ
  る。
  
  もうすぐ帰ってくる。
  
  もうすぐ会いに来てくれる。
  
  
   

                                             END

はい、チャン・イーさんから頂きました、さのめぐ小説でございます。

チャンさんの小説のファンの方々お待たせしてすみませんですッ。

はぁ…やっぱりいいですね、ウットリ。

 

「中秋節の月餅」って本当にあるんでしょうかね?
左之助、それだけを手紙に書くなんてホント可愛いです。
思わず吹き出してしまいますよ、ほんと!
 
恵さんはやっぱり左之助の帰りを、日々診療所で忙しく
過ごしながらも一日も忘れずに待っているイメージがありますよねぇ。
 
素敵な小説有難うございましたv

 

2004.11.5

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