「幸福の人魚姫」

 

王子様 大好きな王子様

 

どうか私の気持ちに気づいてください

 

あなたを助けたのは私です

 

どうか思い出してください

 

この口さえきければこの気持ちをわかってもらえるのに・・・

 

王子様・・・

 

あなたの幸せのために私は身を引きましょう

 

私はあなたが大好きです・・・

 

 

 

「これで人魚姫ノ話ハ終わりデスよ。」

 

その言葉の終わりと同時に、わぁーっという歓声とかわいらしい拍手が起こる。

 

それに対して、今まで一方的にしゃべりまくっていた青い目の男が、

 

自分の周りに群がる子供達と聴衆の中で唯一の成人である高荷恵に向かって微笑んだ。

 

子供達は「明日は何のお話してくれるの?」などとはしゃぎまくっているが、

 

恵は微笑みかけてきた男に対して、ぎこちなく笑い返してみせただけであった。

 

 

 

1カ月程前、彼はどういうわけか海の向こうの陸地からここ会津にやってきた。

 

毎日毎日異国のお伽話を話してきかせてくれる異人さん。近隣の子供たちは大喜びであった。

 

がしかし、十数年前の戦争を知る大人たちには、なかなか受け入れてもらえないのも事実・・・

 

恵も初めは他の大人たちと同様、異人さんに対して良い印象を抱いていなかった。

 

しかし二週間前にたまたま通りかかって聞いた「シンデレラ」の話。

 

そのスリル感あふれる恋愛ストーリーに心を奪われ、暇を見つけては異人さんが語りをしているここへ顔を出しているのだ。

 

しかし今日の「人魚姫」ははずれであった。

 

 

 

海底に住む人魚姫は、ある日初めて海の上に出て、そこから見た船の上の人間の王子様に一目で恋をしてしまう。

 

するとそこへ突然嵐がやってきて、人魚姫は波にさらわれた王子様を助け砂浜まで運んだが、

 

人の気配に気づき近くの岩場に隠れている間に、通りかかった隣国の姫君が王子様を連れて行ってしまった。

 

どうしても王子様のことが忘れられない人魚姫は、魔女に頼んで自分の声と引き換えに人間の姿になり、王子様の前に現れる。

 

しかし王子様は勘違いして隣国の姫君を命の恩人だと思い込んでいた。声が出せない人魚姫は、

 

「本当は私があなたを助けました」と言いたいのを耐え、王子様の傍に仕えていたが、

 

そうしている内に王子様と隣国の姫君の結婚が決まってしまったのである。

 

王子様との恋が叶わなければ、人魚姫は海の泡となって消えてしまう。

 

そのことを知った人魚姫の姉姫たちは、婚礼の晩、一人で海を見つめていた人魚姫の前に現れナイフを渡すと、

 

「それで王子様を殺してしまいなさい。それしかあなたが泡にならずにすむ方法はないから」と言い、再び海へと消えていった。

 

ナイフを手に、一度は王子様を殺そうと決心するが、愛する王子様を刺せるはずがないと、

 

人魚姫は自分の胸を刺し海に飛び込んで、海の泡となって消えてしまう。

 

 

 

「おかしいわ。」

 

布団に入ってからも、夕刻の「人魚姫」の話のことが頭からはなれない。

 

なぜ人魚姫は王子様と結ばれなかったのかしら

 

いくら考えても分からない。分かるはずがないのだ。

 

だけど、「シンデレラ」も「白雪姫」も「眠り姫」も、いくつもいくつも難関はあったけど、

 

最後には必ず王子様と結ばれることができたのだ。

 

 

 

「みにくいあひるの子」や、「ヘンゼルとグレーテル」だって、

 

今までの苦しく厳しい生活がまるで嘘であったかのように幸せになっていったのだ。

 

「エンターテイメントの基本はハッピーエンドですから(by和月氏)」なのだ。

 

なのになぜ人魚姫だけ・・・

 

 

 

答えを探すまま、答えを見つけられないまま、恵はうとうとと眠りについた。

 

 

 

恵は夢を見た。

 

それは人魚姫の話で、けど少し違う・・・いや、だんだん、自分がずっと前から知っていた物語になっていく。

 

人魚姫は海の上へ出て、人間の王子様に恋をして、突然そこに「志々雄真琴との戦い」という名の嵐が襲ってきて、

 

嵐で傷ついた王子様を助けたのに、隣国の姫君の背中を押してしまって・・・

 

並んで歩いていく十字傷とリボンをうらやましく思いながら、

 

自分のおさまる場所へと帰っていく人魚姫。その姿がどんどん自分の姿と重なっていく・・・

 

「!」

 

汗をぐっしょりかいていて、うなされていたのか、息づかいも少し荒い。

 

目覚めて今のが夢だと気づいたものの、なんとも気分が悪かった。

 

 

 

私が・・・人魚姫だっていうの?

 

 

 

そんな時、奴は帰ってきた。

 

「人食い鬼?」

 

それまでほぼ上の空で聞いていた恵は、今日初めて「頷く」以外の反応を見せた。

 

「そうなの!」

 

「僕のばあちゃんが言ったんだよ。」

 

先ほど夕飯の買い物をしにきた恵をつかまえたものの、

 

恵の様子がおかしいのに気づいて今まで大人しくしていたのか、

 

恵の返事が合図であったかのように次々と口を開いて騒ぎだす子供たち。

 

 

 

「僕見たよ、すっごい恐いのぉ」

 

「お髪ぼさぼさで、お髭もぼさぼさで・・・」

 

「服すっごく汚いの。」

 

「血ついてたよ。」

 

「昨日猫さん食べてたんだよ。」

 

「あとね、あとね・・・」

 

「すっごい恐い目でこっち見るのよ!!」

 

集まっている中の小さな女の子が、恐くなったのか泣き出してしまった。

 

慌ててご機嫌を取る恵。

 

「嘘よ、嘘。人食い鬼なんていないわよぉ。ね、ねっ。」

 

焦りを隠した笑いを作り、懸命に対応する恵であったが、

 

「いるもん!」という子供たちの頑固たる主張により、それは無駄な努力に終わった。

 

「はあ・・・」

 

溜め息をつく恵に頭をなでられていた少女が、さっと恵の腕の中へ入りこむ。

 

それだけではない。恵の周りに集まっている子供たちが全員、

 

彼女の後ろへ隠れたり、手でぎゅっと着物のすそを握ってきたりする。

 

 

 

「???」

 

みんな震えて顔を伏せている。わけが分からない。

 

ふと前を見ると、自然に目に入ってきたものがあった。

 

それは、自分に向かって歩いてくる人であった。

 

『お髪ぼさぼさで、お髭もぼさぼさで・・・』

 

先ほどの子供たちの言葉がよみがえってくる。

 

『服すっごく汚いの。』

 

『血ついてたよ。』

 

一言一言、思い出す度に確認してみるが、当てはまらない条件など一つもなかった。

 

『僕のばあちゃんが言ったんだよ。

 

人食い鬼だって・・・!!』

 

さすがに恵も少し蒼ざめていた。

 

気がつけば、さっきまで周りで世話話をしていた奥様方も、

 

商売に精を出していた店の旦那も、ねずみを追いかけていた猫の姿もない・・・。

 

 

 

に・・・逃げおくれた・・・!!

 

動こうにも子供たちがおもりになって動けない・・・

 

そうこうしてる間にも、目の前の人物は恵の視界の中でどんどん大きくなっていく。

 

人食い鬼じゃありませんように!

 

 

 

そう心の中で呟き、子供たちに混じって目をつぶり人が通り過ぎるのを待った。

 

「・・・・・・何やってんだ?お前・・・?」

 

「え」

 

意外にも、人食い鬼の声は彼女にとって聞き覚えのある声であった。

 

反射的に顔を上げると、確かに髪の毛も髭もだらしなくのびていたが、見知った顔をしていた。

 

よく考えてみれば、自分はこの人食い鬼のことを知っているんじゃないか・・・・・・

 

 

 

「左之助?!」

 

相楽左之助。

 

世界に出ていってから、約五年ぶり、そして、初めての帰国である。

 

それは彼にとって、タイミングの良すぎる登場でもあるのであった

 

 

 

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