揺れる心情 P-CHAN様より>

揺れる心情

 
左之助の右手の治療が終わって早、一週間。

今まで診療所内に響き渡っていたあの2人の威勢の良い声もぱったりと止んでしまっていた。

望んでいたはずの左之助の右手の完治。

だが恵は、左之助が来なくなってから急速に今まで熱くなっていた何かが冷えていったような気がしていた。

もうほとんど、毎日の日課となっていた左之助との口喧嘩。

 

女先生達のあの騒がしい声が聞こえなくなったと思うと、寂しいねぇ と入院中の患者から言われたこともあった。

別にあの男が恋しくなったというわけではないが唯一、自分のストレスを発散する方法だった遠慮の無い喧嘩を

しなくなると、急にあの日々が懐かしく思えるのだった。

ふぅ、と退屈そうにため息を漏らす。今日も懲りずにその事を考えている自分が忌々しく、

自分で自分を憎悪する。・・・と、その時!恵の頭の上になんとも古典的な電球が出現した!!(笑)

 

「?恵姉ちゃん、ドコいくのぉ?」

 

そういったあやめ達の声を振り切り、『帰ってきたら遊んであげるからね』と言葉を発したが、

それがあやめ達の耳に入ったかどうかも確かめないまま、恵はいつもの薬箱を持って外へ出て行った。

 

―――――どんどんっ!

小さなボロ長屋の戸がたたかれ、その部屋の住人が返事をする間もなく

 

「左之助、入るわよ」

 

と、戸を全開する恵。

 

「おわぁっ!??め、女狐じゃねーか。何しに来たんだよ、コイツの治療ならもうとっくの間に終わってんだろ?!」

 

いきなりの予想もしなかった訪問者に、左之助は右手を掲げて目を丸くした

(・・・・相変わらずね)

久しぶりに見た左之助は、当然といえば当然だが何も変わってはいなかった。

先ほどまで自分の中に根をおろしていた謎のつかえ一気にとれた気がして、恵は不思議な安心感を覚えた。

 

「その後の経過を見に来たのよ!あんたならせっかく完治した手を台無しにする可能性、大有りだから。」

 

なんだと、と早くも喧嘩腰になっている左之助をちらっと垣間見ながら恵は今まで左之助しかいなかった空間に

足を踏み入れた。

「どう?その後、また喧嘩とかしなかった?」

 

「やっと右手が思う存分使えるようになったんだ、喧嘩の一つや二つくらいしてらぁ」

 

また、あんたは と左之助を睨み付け、自分の手より少し大きな右手をひざの上に乗せた。

 

「でも、骨がイカレた、って感じはしねぇし・・平気だって」

 

「お馬鹿。その油断が命取りになる、っていつも言ってるでしょ」

 

「・・・ま、これが最後の治療になるだろうし、かまわねェけどな」

 

「え?」

 

骨と骨との関節を調べていた恵が、小さく声を漏らし左之助の方を見上げた。

ん、と顎で合図をした方向を見ると、小さな袋のそばに衣類などが散乱していた。

 

「何よ、アレ」

 

まるで、これから旅にでも出るかの様ね と鼻で笑い、左之助の言葉を待った

ところが、左之助からなかなか返事が返ってこない。冗談を真に受けたのかと左之助の顔色を覗く。

少しの沈黙の後、左之助が

 

「俺、此処を出るんだ。」

 

と静かに言った。一瞬、恵の頭の中に最悪な答えが思い浮かんだが、

それをかき消すかのように恵は笑い声混じりに言った。

 

「こんなボロ長屋を出て、何処行くのよ。なぁに?新しい家でも見つけたの?あ、言っておくけど、私の家は――」

「―――日本を、出るんだ」

 

 

先程とは比べ物にならない程の長く、重い沈黙。

ずん、と周りの空気が一気に重さを持ち、そしてその空気は生ぬるく2筋ほど冷や汗を掻いた気がした。

沈黙していた時間は、もしかしたら先程と同じ、いや、それより短かったのかも知れない

そんな中でも残酷に恵の手は、相も変わらず 何の外傷もない右手の上を這っていた。

 

「剣心の戦いも終わったし、本当なら此処でずっと休んでいればいいんだろうけどな。

けど、それじゃいけないって俺の中で声がすんだよ。」

 

沈黙を作ったのが左之助であれば、その沈黙を破ったのも左之助であった。

恵は目を輝かせながら話す左之助を時折、上目使いに見つめた。

 

「このままじゃいけないっつっても、何をしたらいいのかわかんねぇ。剣心みてぇに、この日本を一周してみるってのも

悪くねぇんだが、それじゃぁ今まで何人の剣客がそうしたか、知れたもんじゃねぇだろ。・・・だから、どうせ旅に出るん

なら、日本だけとは言わずこの世界全部を回って来ようと思ってよ。相当時間はかかるだろうケド、それなら

まだ、誰も試したこと、ないんじゃねぇか?な?」

 

こんな時代に外国へ一人、出て行くなんてどれ程の度胸がいることだろうか。

日本を出たら、もうそこは自分の言葉が通じない、下手したら手助けなければ身動きもできない程の

未開の地ばかりなのに。

が、今左之助が話した理由が余りにも彼らしくて、恵は同意も反論も出来ず、ただそこに視線を

泳がせているだけだった。

 

――――今、目の前にいることが当たり前のようになっている左之助が、消えてしまう・・・

 

ぎゅぅっ・・・と咽の奥が縮まって息苦しくなり、目がかすんできた。

悲しい、とかそんな感情はまだなくて、今は自分でも原因がわからない心臓の痛みに、

堪える事しか出来なかった。

 

「・・・いつ、出るの?」

 

やっとの思いで搾り出した声はどんな声になっていたのか見当もつかない。

 

「はっきりとは決めてねぇけど・・・今週中には、な」

 

――――あと七日足らずで・・・左之助は・・・

 

「・・と、それはそうと、どうなんでぃ。右手の様子はよ。」

 

「え?あぁ・・・。・・・大丈夫、別に異常はないわ」

 

元々、無理やり仕立て上げた理由(いいわけ)だ。右手に異常なんて、初めからあるはずはなかったのだ。

なのに、無意味に指の関節を調べ続けていた恵。が、今では何故自分は左之助の右手を診ているのだろう、と

思うほどだった。診療所にいた時、自分の中にあったもどかしい感情とは違う、別の感情が心の中を

埋め尽くしていて、それが何なのかもやはり判らなかった。

 

「・・・馬鹿ね、外国に出ようなんて。・・・死ぬ気?」

 

なるべく、この気持ちが左之助に判らないように、といつもどおり気の強い女性を演じて見せた

頭の中はまだ、整理がついていなかったがなんとか笑おうと、必死だった。

 

「俺は、死なねェよ」

 

「・・・っ!!」

 

"死なねェよ"と笑いながら言う左之助を思わず見上げ、大声で怒鳴った。

 

「あんた、世界がどんなに厳しい所か知ってるの?いつ、どこで死ぬかわからないのよ?」

「いつどこで、何が起こるかわからねぇから、楽しいんじゃねぇか。」

「・・・楽しいって・・・あんた・・・」

 

あっさりと自分の言葉をかわした左之助の、もっともらしい理由に恵はまた、力が抜けてしまった

 

「・・・負けたわ。」

どうしても、行くのね。 と自然に笑みがこぼれ、同時にすっかり熱くなっていた自分が少し恥ずかしくなった。

……少し、熱くなりすぎていたかもしれない。

「私にあんたを止める権利なんてないからこれ以上は言わないわ。だってあんたが決めたコトだものね」

「あぁ、そうしてくれるとありがてぇな」

 

少しだけ、お互いに談笑を交わした後、

恵は今にも引きつってしまいそうな口元を軽く押さえ、すくっと立ち上がった。

これ以上左之助の傍にいたら、考えるべき事も考えられなくなってしまう。そんな気がしたからだ。

 

「右手の経過も順調、他に怪我も無し。また何処か怪我したら私のところへ来なさいね」

 

もはや口癖になりつつあるセリフを早口で言い終えると恵は左之助の顔を見ることなく、戸を静かに開けた。

薄暗かった部屋に、眩しい光の筋が差し込み左之助は思わず瞼を閉じかけた。

 

「恵」

返事を返すことなく、恵は立ち止まって背中でその声を聞く。

 

「この事を話したのは、お前が初めてだ」

 

背中越しに聞こえる声が何を伝えたかったのかは、すでに頭がいっぱいで考えることは出来なかった。

そして、やはり返事を返すこともなく

 

「お大事に」

 

と呟くと、恵は止めていた足を前に押し出して再び歩き出した。

残り7日余りの間に、この気持ちをどうにかしなければ、と心の中で考えながら。

                                           END

一周年記念に、とP-CHAN様に頂きました〜☆すっごく原作チックなさのと恵デスよね!!本当にあったかも(笑)

らぶらぶのP-CHANさのめぐ小説も好きですけど、こういう小説も★素敵で読み応えありっす〜(^^)

さのめぐがお好きな方はP−CHANさんのHPにも行って見ましょうvさぁこちらデス。→→+have a rest+

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