陽炎 〜第三章〜

陽炎《第三章》

          

恵が持っていた着物の主になるはず――の

相楽左之助は全速力で安西家へと向かっていた。

左之助の耳には修との会話が繰り返し流れていた。

 

「左之さん!!」

 

町をのんびりと歩いていた左之助にその出来事は急に伝えられた。

「修じゃねぇか。どうしてぇ?そんなに慌ててよ?」

 

ただ事でないことを感じ取ると左之助はくわえていた魚をぺっと吐いた。

「それが――。」

 

「なんでも、安西家で放火があったらしくて……中に逃げ遅れちまった子供がいて、

それを助けようと…その、女先生が、飛び込んだって…」

 

修がこのことを聞いたのはちょうど半刻前。早く見つかって良かった、と

話が終わってから修はつけたした。

 

「な…なんだと?それは嘘じゃねぇだろーな…?!」

「俺が嘘ついたことありますか?!」

「ねぇーな」

 

その瞬間左之助は走り出していた。

「くそっっ!!」

 

いくら走っても全然近づいている気がしない。

信州から走って帰ってきたときと比べたら比較できないほどの短さだ。

 

「あっの馬鹿……」

 

それなのに、左之助にはそれにも勝る長さを感じていた。

 

*

 

 

「ふっ…熱っ……」

燃え盛る炎。地下からの出火らしい。

 

「すずめちゃーん!!あやめちゃーん!!」

恵は夢中で二人を探していた。出火から半刻。

 

「地下からの出火…。二階…」

とっさの判断で水をかぶってきて正解だ。

あちこちでは装飾品に火がまわりはじめ、火の粉が飛んでいる。

 

「二階…二階にいる…きっとそうだわ…。」

 

きっとすずめとあやめは怖い思いをしているだろう。

2人だけで。周りには誰もいなくて。ただ、火が近づいてくるだけで。

片方の階段は燃え始めている。恵はもう一つの階段をめがけて

少しずつ歩みを進めた。

 

もう一つの階段の周りにも火の手がせまっている。

 

「くっ……っ」

 

熱い。空気が歪んで見えるほどに。

「すずめちゃーん!あやめちゃん!」

 

なるべく息を吸わぬようにして叫んだ。

 

『火事のときに息を吸い込むと中毒になる。』

医者としての知識が頭にかすむ。返事はない。

 

「すずめちゃーん!あやめちゃーんっ」

今度は思い切り息を吸い込んで言い放った。恵の声が2階に響く。

 

 

「恵ねぇちゃ…」

 

 

 

「?!」

 

一番奥の間から二人の声がかすかに聞こえたような気がした。

パチパチと燃える炎が邪魔をする。先ほど燃え始めた

階段はすでに半分ほどやけ、今にも崩れそうになっている。

 

「今、今いくからね!」

考えるよりまず行動だった。1階では先ほどまでゆらゆらと揺れていた

シャンデリアがガシャンと音を立てて落ちた。運がいい事に

まだ二階の廊下にはそれほど火の手は上がっていなかった。

 

バタンッッ

奥の間のドアを勢いよく開けた。

「二人ともっっ!!」

 

恵は駆け寄り、二人を抱き上げた。

窓側で手をつなぎ意識を失ったすずめとあやめだった。

 

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